ごおうじんじゃ
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2023年GWの京都御朱印散歩。 晴明神社を後に、一条通を京都御所方面に、そして烏丸通をやや南下すると続いての目的地、護王神社に辿り着きました。 境内至る所に猪に纏わる奉納物で溢れています。 狛犬の代わりに狛猪、猪に因むグッズの展示、そして手水舎に至っては猪を模した水口と水盤に敷き詰められたパステルカラーの猪の置物(御神籤)がまるで花手水の様な粧いです。 祀られる御祭神は和気清麻呂(わけのきよまろ)とその姉の和気広虫(わけのひろむし)で、奈良時代の神護景雲3年(769年)孝謙上皇(こうけんじょうこう)-重祚して称徳天皇(しょうとくてんのう)の寵愛を受け次第に朝政へも影響力を及ぼしつつあった僧侶・弓削道鏡(ゆげのどうきょう)による皇位継承の企みを阻止し流刑に処せられながらも皇統を守った、所謂、宇佐八幡宮神託事件の中心的な人物として知られ、また桓武天皇(かんむてんのう)の御代には平安京への遷都を進言し、延暦12年(793年)自ら造営大夫として都造りに尽力します。 その功績が讃えられ嘉永4年(1851年)、孝明天皇(こうめいてんのう)によって「正一位護王大明神」の神階と神号を授けられ、明治19年(1886年)、明治天皇(めいじてんのう)の勅命により京都御苑蛤御門前付近にあった華族・中院家(なかのいんけ)邸宅跡に社殿が造営され鎮座されました。 猪に係わる逸話としては、宇佐八幡宮神託事件の顛末にて称徳天皇の逆鱗に触れた清麻呂は大隅國(現在の鹿児島東部)へと左遷となるのですが、その道中で暗殺を謀って送られた道鏡の刺客に遭遇します。 命を狙われた清麻呂を護ったのが突如雷鳴とともに現れた300頭もの猪の大群で、刺客を寄せ付けず無事に目的地へと導いたそうです。 また、不思議なことに猪が去った後には清麻呂の悩みであった足萎えも回復していたそうで、この故事により護王神社では神使として猪像が置かれ、足腰の守護神として広く崇敬されているそうです。
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