ぎょうがんじ(こうどう)|天台宗|霊麀山
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楽しみ方行願寺(革堂)のお参りの記録一覧
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一千年の歴史をもつお寺です。
行円上人の開基。子を孕んだ母鹿を射止めてしまったことを悔いた上人が、常にその皮をまとって鹿を憐れみ、人々から革上人と呼ばれたことから、このお寺も革堂と呼ばれています。
「行願寺」いっさいの人々の成仏を「ねがい、行じる」思いが込められています。
西国三十三所観音霊場札所 第十九番札所、洛陽三十三所観音巡礼 第四番札所。七福神めぐりの長寿・福徳を授ける「寿老人」。
秋の七草の一つ藤袴。
「藤袴祭」が行われます。(祭りは10月)
9月になると鉢植えの藤袴が並べられます。
アサギマダラも飛来するようです。
藤袴の保全・育成活動存続の為の支援をお願いされています。
藤袴入浴剤 京都産の藤袴を乾燥させたものです。
体臭消臭、美肌効果があるようです。蘭湯で邪気を払う風習もあったそうで 縁起の良い入浴剤のようです。
1つ買って帰りました。
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関西の寺院巡りの5寺目は、京都市中京区に在る霊麀山 行願寺、通称は革堂(こうどう)です。今回の寺院巡りの最後となります。
西国三十三所観音霊場 第19番札所。天台宗で、本尊は千手観音。
古い書物等によると、1004年に行円上人により一条小川(上京区)の地に創建。身籠った母鹿を射止めてしまった事を悔いた行円上人が、常にその母鹿の皮を身にまとって憐れみ、人々から皮聖と呼ばれていた事からこの寺を「革堂」と呼ぶようになったとの事です。因みに、山号の「麀」の字は雌鹿の事です。その後の度重なる火災により移転を繰返し、1708年の大火の後に現在地に移りました。
また、宝物館には幽霊絵馬が展示されているそうです。(私は見たことがありませんが。)
街中の民家が多い所に在るため山門(入口)だけ見るとこぢんまりした感じですが、本堂の手前まで行くと左右に長い事がわかります。本堂右側は会館、左側には庫裡や諸堂があり、最奥に鐘楼があります。
本尊に手を合わせてから、下陣左横の納経所にて御朱印を戴き、帰路に着きました。
尚、駐車場はありませんので近くのコインパーキングに停める必要があります。

行願寺(ぎょうがんじ)は京都府京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町にある天台宗の寺院。山号は霊麀山(れいゆうざん)。通称は「革堂(こうどう)」。本尊は千手観音菩薩。西国三十三所観音霊場第19番。なお、西国三十三所では唯一の尼寺となっている。
平安時代後期の1004年に行円上人により一乗小川(上京区)に創建された。上人は子を孕んだ母鹿を射止めてしまったことを悔やみ、常にその皮を纏って鹿を憐れんだことから「皮聖(かわのひじり)」と呼ばれ、当寺も「革堂(こうどう)」と呼ばれるようになったとのこと。以後、民衆からの篤い信仰を受け、町堂として大いに栄えたが、度々の災禍により寺地を転々とし、江戸時代中期1708年の大火の後、
当地に移された。現在の本堂は1815年に建立されている。
当寺は、京都市営地下鉄烏丸線・丸太町駅の東方、道のり800mほどの市街地、京都御苑の東南端近くにある。寺町通りの商店街の一角のような外観で、境内自体は広くはなくコンパクトサイズ。敷地には建物がぎっしり建っている感じ。本堂はそれなりのサイズがあり、200年の歴史を感じる風格のあるもの。まさに京都の街中にあって、庶民の信仰に支え続けられてきた感じがする。
今回は、西国三十三カ所観音霊場の札所ということで参拝することに。参拝時は平日の午前中、自分以外にも数人参拝者が訪れていた。

境内西端入口にある<山門>と<寺号標>。
西から来た竹屋町通りは当寺に突き当たってから南に向かう。(変な場所に信号がある理由の解説デス...(^_^;))

山門をくぐろうとすると、突き当りに<本堂>が見える。

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