ぎょうがんじ(こうどう)|天台宗|霊麀山
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楽しみ方行願寺(革堂)のお参りの記録一覧
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寺町丸太町下ると、人が疎ら。背中に大きなリュックを背負った巡礼姿の方と行く先々でお会いすることになります。どちらともなく、軽く会釈したり「こんにちは。」と声をかけたり···。
行願寺(革堂)。お寺を開いたのは"行円"。彼は元々猟師を生業としていました。いつものように猟に出て、一頭の鹿を射止めます。ところがその鹿は雌鹿。お腹から子鹿が出てきます。その時行円は、
殺生の罪深さを感じ、仏門に入ります。そして、この気持ちを忘れまいと鹿の皮を纏い過したことから
"革堂"と呼ばれています。
行円の元で剃髪したのが、藤原顕信。道長の3男
なかなかの貴公子で将来を期待されていた方だっただけに、当時回りの人々をかなり驚かせたようです
(「大河ドラマ·光る君へ」でこの場面を見て、何となくこうだったんだな〜と想像しました。)
西国三十三所観音霊場 第19番札所
山号:霊麀山(れいゆうざん)
宗派:天台宗
御本尊:千手観世音菩薩
創建:1004年(寛弘元年)









第 19番 #革堂 #行願寺
本尊 千手観音菩薩
京都府京都市
京都御所の南にちょっと行ったところ。
アクセス抜群。
古本屋さんなどが並ぶ楽しい寺町通にございまして
「第十九番」の文字が刻まれた石柱が目を引きます。
境内に入ると、猫ちゃんが視界をパッと横切りました。 猫ちゃんのお寺でもあるんですね〜
そして、こちらは西国で唯一の「尼寺」。 包み込まれるような雰囲気でした。
静かなこじんまりした境内ですが、香炉からはモクモクと煙が上がっていて
参拝者の絶えないのがわかります。
江戸時代(1815年)に建てられた年季の入った本堂には、たくさんの奉納の札などが打ち付けられていて、歴代の参拝者の心がこもった雰囲気にグッと心惹かれました。
お寺は行円上人によって寛弘元年(1004年)にできました 1000年以上の歴史ですねぇ。
行円上人はお腹に赤ちゃんがいる母鹿を射止めてしまい、 それを悔いた上人が、常にその皮をまとって鹿を憐れみ、人々に説法をして回ってたんだとか。
いつも革の衣をまとっていたので、「革聖(かわひじり)」と呼ばれるようになりました。
だから、革聖がいるお堂、「革堂(かわどう・こうどう)」と呼ばれるんです。
着ているものでお坊さんのニックネームが決まるのは親しみが持てていいですね〜
アロハシャツきてる住職がみんなに”アロハ”って呼ばれるみたいなものでしょうか〜
以後、人気が出て大いに栄えたけど、度々の災火で場所を転々とし、江戸時代(1708)の大火の後、今の場所に。
御本尊は行円上人の作と伝えられる千手観音像。
境内には、都七福神巡りの一つになっている寿老神堂はなんだかとっても迫力ある見た目でした。自慢げに桃を持っているのがチャーミング。
愛染堂、鎮宅霊符神堂、加茂明神塔などさまざまな神仏が祀られています。
円行上人の慈悲の心が紡がれた優しいお寺でした。
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