しらみねじんぐう
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楽しみ方白峯神宮のお参りの記録一覧
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幕末、風雲急を告げる中、第121代孝明天皇は、保元の乱(1156)によって悲運の運命を辿られた第75代崇徳天皇の御霊を慰め、かつ未曾有の国難にご加護を祈らうとされ、幕府に御下命になり四国・坂出の「白峰山陵」から京都にお迎えして、これを祀らうとされましたが叶わぬままに崩御されました。 明治天皇は父帝の御遺志を継承・心願成就され、宮地を和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の邸宅地跡に求められ、慶応4年(明治元年)9月6日、社殿を現在地に新造。奉迎鎮座されました。続いて明治6年に第47代淳仁天皇の御神霊を淡路島南端の御陵からお移して、御併祀になりました。 当初は神祇官員が日々ご奉仕しましたが、明治の新制度により官幣中社としての待遇をうけ、昭和十五年には官幣大社に御昇格・「 白峯神宮 」となりました。
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堀川通を南へと歩きました。
少し東へ戻ると白峯神宮様が鎮座されていました。
主祭神は
崇徳天皇(ストクテンノウ)
淳仁天皇(ジュンニンテンノウ)
をお祀りされています。
白峯神宮様は孝謙天皇が配流先の讃岐国で没し
祀られている崇徳上皇の神霊を慰めるため京都へ
遷すように幕府へ命ぜられました。
1868年の創建を待たずして孝謙天皇は崩御されます。
その遺志は明治天皇へ引き継がれました。
1873年には淡路国へ配流され没した淳仁天皇の
神霊も淡路島より迎えられ合祀されています。
境内の地主社には「まり精大明神」というスポーツや
芸能の上達の神様がお祀りされています。
たくさんのボール(サッカーや野球やバスケ等)が
奉納されていて信仰の篤さを感じました。
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