れいめいじんじゃ
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霊明神社重陽の節句特別御朱印会へ。日曜なので仕事ギリ間に合うか運試しも兼ねて。二桁並んでいたらあきらめて帰ろうと開始1.5時間前に到着。すでに3人待ちが居りました😅まあ見覚えのある猛者の方々ばかりでしたが・・・😅少し早めの時間に始まったので順番まわってきたときは十分時間もありました😊菊理媛の御朱印長が残り僅かとのことでしたのでようやく拝受。早速新しい御朱印帳に御朱印を書いていただきながら香坂先生とお話。「関東はずっと雨だったので京都に来たら暑い!」とのことでしたが今日と晴れたのって先生が来ているこの二日だけだったんですが・・・😅などと思いつついろいろお話をさせていただきました。かわいらしい菊理媛さまの御朱印も完成。熊本地震義援金の寄付で阿蘇都姫命のカードもいただきました😊
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霊明神社は京都市東山区にある神社です。
ホトカミの公式登録をされている神社です。
東山をずいぶん巡っているのですが 霊明神社がずいぶん後回しになってしまいました。
こちらはホトカミではお知らせもあげてくださっていますし 投稿もけっこうあります。
東山では有名な維新の道を東に進み 清水寺に向かう二年坂で曲がり 霊山正法寺道を東に上がっていきます。
この道は別名 幕末志士葬送の道と呼ばれ 東山に向かって最初はスロープ途中から石段になっています。
途中には神道墓地もあります。
私はこれまで神道墓地というのを見たことがありませんでした。
幕末志士代表ということで 坂本龍馬像が立っていました。
さてと また石段を上がっていきます。
維新の道とクロスし さらに石段を上がるとようやく霊明神社にたどり着きます。
社殿は改修工事をされたのでしょう とても新しくてきれいです。
正面に神明鳥居があり 注連縄がかけられていました。
久しぶりに国旗を掲揚している神社に参拝です。
やはり神社には国旗が掲揚されるべきですよね。
境内入ってすぐ左手に 本社があります。
本殿は小さいながらにとても立派で 金ぴかの狛犬さんがいらしゃいます。
お隣には猿田彦明神御石が配置されています。
御石ですが 境内社猿田彦神社としてお祀りされています。
両方でご挨拶させていただきました。
それから社務所へ。
BLEACHの御朱印がありましたのでいただきました。
応対してくださったのはお母さまかな?
とても優しく接してくださり ありがたかったです。
ネット情報です。
幕末期 志士の遺骸が葬送された霊山正法寺道沿いの急坂途中に 小社・霊明神社はある。
当地は 招魂社・招魂祭の起源の地であり 維新後 東京招魂社・靖国神社へと引き継がれた。
祭神は 本社に天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと) 熊野三柱大神として菊理媛尊(くくりひめのみこ)速玉男命(はやたまおのみこと)事解男命(こととけおのみこと)。
相殿に天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)天鈿女命(あめのうずめのみこと)武甕槌命(たけみかづちのみこと)經津主命(ふつぬしのみこと)。
末社に猿田彦御神石を祀る。
1807年 霊明舎(前身)に猿田彦御神石が遷される。
1809年旧8月 初代・村上都愷が正法寺塔頭・清林庵所有の山林1000坪を買い受ける。
旧11月 霊明社が建立される。
徳川政権下で神道による葬式・神葬祭を断行する(霊明神社文書)。
境内は東は方丈地境限り 西は往生院薮地限り 南は大道限り 北は高台寺限りの区域を有した。
1820年 神祇管領吉田家の「神葬式許状」を得て 正式に神道葬祭が認められる。
嘉永年間(1848-1855) 900坪を増地し 2,000坪近い境内を有していた。
1849年旧2月 霊山に霊明社の屋敷が完成した。
1856年旧11月 清林庵より神道葬祭の永世承認を得る。
1862年 神葬祭を勧める長州・毛利家とつながる。在京志士の葬送・祭礼地になる。

授与品
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文化六年(一八〇九)八月三日主殿寮の史生徒六位上日向目村上都愷大人が門人および神道有志ののため、徳川幕府の施政下にありながら神道葬祭を断行し、神道信仰素志貫徹を図るため、正法寺の塔頭清林庵所有山林の一千坪を買い受けて霊山神葬地を創設し、同年十一月霊明神社を創建して神道葬祭を始める。
三代の神主村上都平大人の時、文久二年(一八六二)十一月十八日竹御所(曇華院)に仕える勤王家吉田玄蕃の志により、長州清末藩国学者船越清蔵守愚の墓を建立し、長州藩主の使者と長州藩士の参列のもとに神道葬を営んだ。これが機縁になって長州藩をはじめ殉難志士を当霊山に埋葬祭祀することになった。文久二年(一八六二)十二月十四日神祇伯白川家の古川躬行や津和野藩の福羽美静らの発起により、安政の大獄以降の殉難志士の「報国忠死の霊魂祭」が営まれ、招魂社また靖国神社創建の起源をなすものとなった。
「死して護国の神となる」「霊山の村上にて皇国の手振りにて葬らることを如何に楽しとせし事ぞ」と霊明神社に葬られ、神霊として祀られることを無上の名誉と思ったのである。明治政府が我が国最初の官祭招魂社の場所と定めた、霊明神社によって志士の神霊を鎮め、慰霊している聖地であったからである。招魂社創建に伴い、霊明神社の約一千八百坪の墓地・境内地が上知となった。
写真












霊明神社の情報
| 住所 | 京都府京都市東山区清閑寺霊山町25 |
|---|---|
| 行き方 | 京都市営バス清水道停留所より徒歩12分 |
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霊明神社の基本情報
| 名称 | 霊明神社 |
|---|---|
| 読み方 | れいめいじんじゃ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-525-0010 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| メールアドレス | info@reimeijinja.org |
| ホームページ | https://www.reimeijinja.org/ |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
詳細情報
| ご祭神 | 天之御中主命・熊野三柱大神 |
|---|---|
| 創建時代 | 文化6年(1809年) |
| 創始者 | 村上都愷 |
| ご由緒 | 文化六年(一八〇九)八月三日主殿寮の史生徒六位上日向目村上都愷大人が門人および神道有志ののため、徳川幕府の施政下にありながら神道葬祭を断行し、神道信仰素志貫徹を図るため、正法寺の塔頭清林庵所有山林の一千坪を買い受けて霊山神葬地を創設し、同年十一月霊明神社を創建して神道葬祭を始める。
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