ほんこうじ|日蓮宗|實相山
本光寺のお参りの記録一覧
新幹線の時間まで余裕があったので本光寺へお参り致しました。
着くまで知らなかったのですが油小路事件の現場となったお寺だったようで入口には伊藤甲子太郎殉難の碑が有りました。入口が少しわかりにくいですが住宅街の中に。
中へ上がりのお参りをさせて頂いている間に御首題を書き入れて頂きました。女性の住職の方にとても丁寧に対応して頂きました。御首題は季節のスタンプを添えて頂けるそうで11月はクチナシの実です。
入口
本堂入口
本光寺は、京都市下京区(京都駅からすぐの場所)にある 日蓮宗 のお寺です。☺️
預けていた御首題帳を、受け取りに参拝しました。3ヶ月くらい預けていたので、一旦持ち帰りました。😊
3月16日参拝
月替わり御首題(代務さん書き入れ)
月替わり御首題(住職様書き入れ)
※スタンプ少し変えて頂きました。🙏🏻
ねこの日御首題
月替わり御首題
龍の御首題
伊東甲子太郎 和歌御朱印
京都市下京区にあるお寺です。
マップを見ながらお参りしました。
山門はすぐ見つかるのですが 寺標がない。
石柱も看板も 本光寺と書かれていない。
「伊東甲子太郎外数名殉難の地」
え~お寺じゃないの?
山門をくぐって正面に柵があり 「ここから本光寺墓地」みたいなことが書かれていました。
うー写真に撮らなかったのですが 入って左手にお宅があったのですが おそらくそちらがお寺だったのでしょう。
たまたまこのタイミングでお住まいの方が帰宅されており まさかお寺の方と思わず 会釈して終わってしまいました。
不審者と思われたのかなぁ。
「御朱印ですか?」って言ってくれたらなぁ。
小心者の私は またしても失敗してしまいました。
由緒については
本光寺は1681年(天和元年)に日蓮宗の僧・日尭(にちぎょう)が創建したと言われています。
1867年(慶応3年)に門前で伊東甲子太郎らが粛清された油小路事件(あぶらのこうじじけん・七条油小路の変)が起こりました。
なお日尭は1620年(元和6年)に備前岡山に生まれ 千葉・妙覚寺(みょうかくじ)の住持になったが 法華経を信仰しない者から布施を受けたり 布施などをしないという不受不施派(ふじゅふせは)を主張して讃岐丸亀に流されました。
本光寺は日蓮宗の寺院です。
とありました。
山門なのですが お寺の標がない
「伊東甲子太郎外数名殉難の地」と書かれています
伊東甲子太郎絶命の跡
本光寺は、京都市下京区(京都駅からすぐの場所)にある 日蓮宗 のお寺です。☺️
4/8はお釈迦様の誕生日、「🪷花まつりの御朱印」を頂いてきました。又、「🪷蓮の御朱印帳」を新調し「特別御朱印」を書き入れて頂きました。😊
4月9日 参拝
🪷花まつりの御朱印
🪷蓮の御朱印帳(題箋に「御首題帳」と書き入れて頂きました。)
特別御朱印
六角堂から地下鉄で一旦京都駅に戻って、歩きでお訪ねしたのは下京区の日蓮宗本光寺卍
下京区役所北西の油小路通沿い、駅から徒歩10分弱です。しかし地図を見ずに勘で探したら迷いました😣
こちらは新撰組元隊士伊東甲子太郎(かしたろう)ほか数名殉難の地とされていますが、無知な私は初めて「油小路の変」を知った次第でm(_ _;)m
『新撰組参謀だった伊東甲子太郎は近藤勇や土方歳三との考えの違いから、仲間一党と御陵衛士(高台寺党)となり脱退。
しかし御陵衛士に潜んだ間諜(スパイ)斎藤一は、「近藤勇暗殺の企てあり」と報告します。
近藤は自らの妾宅に伊東を招き接待、酒に酔った伊東を帰り道の油小路付近で新撰組隊士に襲わせます。
伊東は本光寺の題目石塔に寄り掛かって絶命、新撰組は伊東の亡骸を油小路七条の辻に放置しました。
遺骸を引き取りに来た御陵衛士の残党も新撰組の襲撃を受け、藤堂平助ら3人が討ち死に。
この油小路の変が、新撰組最後の内部抗争と言われています』
ちなみに伊東襲撃のあった慶応3年11月18日は、坂本龍馬暗殺の3日後に当たります。
本光寺本堂内陣は撮影できませんが、御本尊の他に伊東ら4人の名を書いた位牌が置かれてました。
御首題は直書きにて、うさぎの被り物の寺猫照(しょう)ちゃんです😆
前まで来ないと気付かない💦
油小路の変について
この石塔に寄り掛かって亡くなったという🙏
左手の玄関から入って御首題をいただきます
😺🐰
先週奈良の帰りに。
京都から新幹線乗るまで1時間があった為。検索したら、素敵なお寺をみつけ行ってみました。駅から歩いて10分弱です。
お寺は住宅街にあり、御朱印をいただく際、靴を脱ぎ本堂まで上がらせていただきました。
大切にさせている猫さんがいたり、御朱印をいただく間、ほっこりした気持ちになりました。
住職さん、とても親切な方でした。
とても素敵な御朱印をいただき、最終日いい思い出ができました。
次回は、ゆっくりと参拝したいです。
女性の住職さんから、丁寧に書いていただいた達筆な御朱印をいただきました。
月毎で御朱印も変わるそうです。
新撰組ゆかりのお寺。
時間に余裕あるかと思いきや、新幹線ギリギリ間に合いました。
Twitterに掲載されていた御朱印が気になり、初訪問。
京都駅から徒歩10分弱です。
こちらは、伊東甲子太郎絶命之石塔の寺だそうです。
新選組参謀及び文学師範、のち御霊衛士盟主となり、最後は、新選組隊士に暗殺されたそうで、
その場所が本光寺門前だったとのこと。
伊東甲子太郎月命日の御朱印。手書きしてくださいました。
甲子太郎が京都で詠んだ和歌が書かれています。
伊東甲子太郎御朱印(書置き)
新撰組の参謀であった伊東甲子太郎が新撰組の襲撃にあい命を落とした「油小路の変」の舞台、本光寺にお参りしてきました。
そんなに大きなお寺ではなかったですが、お庭も中もきれいに整えられ居心地が良かったです。
尼さまも親切な方でした。
山門
伊東甲子太郎絶命の跡
この碑にもたれかかって亡くなったそうです
地蔵堂
玄関
中でお仏像を拝んで、御朱印をいただきました
山門前には「伊東甲子太郎外数名殉難之跡」碑があります
京都府のおすすめ2選🍁
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