しゅうおんあんいっきゅうじ|臨済宗大徳寺派
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【御朱印というもの存在を初めて知った寺】
私が、御朱印のというものの存在を初めて知ったのは、ここ一休寺でした。
大学3年生のとき、英語研究会(E.S.S.)という部活動のボランティアのイベントで、
海外から日本へ観光に訪れた方たちに、京田辺市をガイドしました。
そこで一休寺を訪れた時、
アメリカから来られたご婦人が、かばんから御朱印帳を取り出されたのです。
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さてここ一休寺は、
アニメ「一休さん」でも有名な、
一休宗純(いっきゅうそうじゅん、1394年-1481年)が住職をつとめた、臨済宗のお寺です。
こちらのお寺は今でこそ「一休寺」という名前ですが、
最初からその名前だったのではなく、
また一休さんが始めたお寺でもありません。
元々の名前は「妙勝寺」であったそうで、
鎌倉時代(正応年間、1288-1293年)、中国で禅宗を学び、日本へ帰ってきた大應国師(南浦紹明)が、
道場をここに建てたのがはじまりだそうです。
しかしながらその後、元弘年間(1331-1334年)に戦火にかかったそうで、それ以来復興しかねていたのを、
六代目の法孫に当たる一休さんが住職となり、康正年間(1455〜6年)に再興されたとのことです。
一休さんはここを、師恩にむくいる意味で「酬恩庵」と命名しました。
その後1481年、本寺において一休さんは示寂され、遺骨は本寺に葬られました。
このように一休さんが晩年を過ごされたことに因み、「一休寺」の通称が定着したようです。
一休さんは中興の祖なのですね!
色々な時代、色々な国の中興の祖に興味がある今日この頃。
一休さんについて、もっと知りたくなりました。
ちょっと色々調べてみて、またブログに書きたいと思います。
ところで、同じ中興の祖どうしで気が合うということなのか、
一休さんはどうも蓮如上人とマブダチだったっぽいですね。
境内には、このふたりと智蘊(蜷川新右衛門)が仲良く一本ずつ植えたという、三本杉があります。
杉自体は最初のものが枯れてきたため、新しいのに植え替えられていますが、位置は残っているという事で、ご覧になられたときは、
仲睦まじく杉を植えてるお三方を思い浮かべてみると、ちょっとほっこりすると思います。
あと、一休さんのお墓は、宮内庁が管理しています。
この点についても、またブログで書いてみたいと思います。
いや~一休さんって、とても興味深い方です。
大学生以来の9年ぶりの参拝でしたが、
日本の文化や歴史について、学生の頃より関心を持つようになった今、
またここに来れて良かったです。
御朱印は通常のもの2種類と、限定のもの1種類、計三体賜りました。
限定のものは、
ここの地名、薪(たきぎ)と、大應国師(南浦紹明)を揮毫されています!




近鉄京都線「新田辺駅」下車。タクシーで約10分。臨済宗寺院。ご本尊は釈迦如来です。
「とんち」でもお馴染みの一休禅師が晩年過ごした草庵。
元々は、約750年前に大応国師が開山した「妙勝寺」が始まりとされます。
途中、兵火に遭いましたが、1456年大覚寺から一休宗純66歳の時に草庵を結んで中興しました。
宗祖の遺風をしたく、師恩に酬いる意味で「酬恩庵」と号しました。
晩年は、ここと大覚寺の行き来し、88歳の生涯を閉じました。
アオモミジに覆われた静寂さを感じる寺院で、境内にはアニメ「一休さん」でも出てくる場面にも出逢います。
庭園は、三方で違った趣のお庭でゆっくりと時間を過ごしました。
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