こがじんじゃ
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山城国式内社巡りで参拝しました。
長岡京駅に向かう途中、灯篭を見つけて近場の神社を探したところ、赤い鳥居が目印となり見つけました。
上賀茂、下鴨両神社の祭神の伝説の始まりの地に建っています。

《鳥居と社号碑》

《鳥居前の末社》

《由緒書き》

《参道》

《川と橋》
神社における川と橋は人と神様の領域を分ける意味合いがあるらしいですね。

《手水舎》
フタが閉められています。


《神門》

《本殿》
小さくまとまっていますが、扉が3つあるため、三間社流造です。

《右側の末社群》

《左側の末社群》

👁チェックポイント‼️
由緒書きによると西から飛んできた矢によって、玉依姫命さまが懐妊したとされており、当社の西側にはなんと乙訓坐火雷神社の論社である角宮神社があります。
境内・文化財
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当神社は、延喜式の神名帳に載せられた、「延喜式内社」であり、京都における最古の神社の一つである。御祭神は建角身命・玉依比賣命・別雷命の三柱で、上賀茂神社・下鴨神社と御同神である。久我の地では、当地におられた玉依毘賣命に西の方から丹塗矢が飛んできて当たり、身ごもられ、この地で別雷命がお生まれになったと伝えられており、加茂伝説のふるさとの地でもある。また、古来当社の森は「久我の杜」と称され、和歌にも多く詠まれるなど、非常に名高い。
御鎮座は、古代豪族の久我氏やら(中世貴族の久我氏とは別)が自らの祖先神を祀ったのが起こりで、その後この地に進出してきた賀茂氏が久我氏に代わって自らの祖先神を祀るようになったのではないかと考えられている。長岡京時代には、京都の北東の守護として崇敬されていた。また、江戸時代初期までは「願王寺」という神宮寺が置かれ、社僧が祭祀を司っていたが、この寺が断絶の後は村の寺が年番を作り守護をしてきた。このような由来により、今日なお神仏習合時代を彷彿とさせる貴重な神事も残されている。
| 名称 | 久我神社 |
|---|---|
| 読み方 | こがじんじゃ |
| 通称 | 森の明神 |
| 参拝時間 | 参拝自由 |
| 参拝にかかる時間 | 10分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 075-931-3745(菱妻神社) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご祭神 | 建角身命 玉依比売命 別雷神 |
|---|---|
| ご神体 | 不詳 |
| 創建時代 | 不詳 |
| 創始者 | 不詳 |
| 本殿 | 三間社流造 |
| ご由緒 | 当神社は、延喜式の神名帳に載せられた、「延喜式内社」であり、京都における最古の神社の一つである。御祭神は建角身命・玉依比賣命・別雷命の三柱で、上賀茂神社・下鴨神社と御同神である。久我の地では、当地におられた玉依毘賣命に西の方から丹塗矢が飛んできて当たり、身ごもられ、この地で別雷命がお生まれになったと伝えられており、加茂伝説のふるさとの地でもある。また、古来当社の森は「久我の杜」と称され、和歌にも多く詠まれるなど、非常に名高い。
|
| 体験 | 札所・七福神巡り伝説 |
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