こうだいじんぐうしゃ
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JR新田駅近くに鎮座する神社。社号の通り。淀藩二代目、永井尚政公が曹洞宗円蔵院の鎮守社として勧請。広野神社と称されたがいつからか今の社号になったらしい。さほど広くないが外宮として豊受神宮まであった。駅近だからかお参りに来られているところもちらほら。
鉄道開通までは線路の東側に鎮座していたとのことだがそうなると宇治方面すぐに同じ皇大神宮社である神明皇大神宮が見えてくる。伊勢田神社もだがこの近辺に天照皇大神を祭神とする神社が偏っているのもなんか面白い😊

参道

社号標

由緒

拝殿

手水舎

拝所・本殿

狛ちゃん阿

吽

本殿

覆屋三社殿 左から天満宮・春日社・住吉社

外宮豊受神宮

ちゃんと」「外宮」と書いてあります

伊勢神宮遥拝所

瀧長社

末廣稲荷

扁額

参道
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|| 名称 | 皇大神宮社 |
|---|---|
| 読み方 | こうだいじんぐうしゃ |
| 通称 | 広野神社、神明宮 |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》天照大神 |
|---|---|
| 創建時代 | 1656年(明暦2年) |
| 創始者 | 永井尚政公 |
| ご由緒 | 永井信濃守尚政が山城淀十万石の藩主として淀城に入ったのは大御所徳川秀忠の死の翌年、寛永十年(1633)のこと。尚政は城下町整備や木津川の治水工事等の領内振興政策を積極的に実施した。慶安二年(1649)には広野新田の開発に着手、大久保村の他宇治郷や白川村等から住民が移住した。前年に尚政が復興した道元禅師開創の名刹曹洞宗興聖寺(宇治市宇治山田)の末寺として少林山圓蔵院を置き、新田の菩提寺とした。圓蔵院はもと槇島村(現宇治市槙島町)にあったもので、その寺籍を移し、興聖寺住職萬安英種和尚の弟子三峯長老が入って本山後見職の寺に定められた。
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