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延光寺ではいただけません
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えんこうじ|真言宗智山派赤亀山(しゃっきざん)

延光寺
高知県 平田駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

境内前 普通50台・マイクロバス10台・大型5台(無料)

巡礼

その他の巡礼の情報

四国八十八箇所第39番

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年05月23日(木)
2158投稿

1泊2日四国八十八か所巡り 2日目の5寺院目です。
39番札所で 高知県の最終札所になります。
足摺岬の金剛福寺から車で1時間ほどで着きました。
けつかっちんで焦っていたので お参りする時間が短くなってしまいました。
本堂と大師堂と納経所しかチェックできていないのですが どうやら護摩堂を見忘れてしまったようです。
境内には亀の石像があり 鐘楼の由来が書かれているのですが 一部欠けてしまっていて読めませんでした。
竜宮という文字が読めるので 竜宮から亀が持ち帰ったということでしょうね。
こちらの延光寺は 長曾我部元親に縁のお寺でした。

山号は赤亀山(しゃっきざん) 院号は寺山院(じさんいん) 宗旨宗派は真言宗智山派 ご本尊は薬師如来 創建年は(伝)神亀元年(724年) 開基は(伝)行基です。
奈良の大仏で有名な行基さんは いろいろな寺院を開基されているのですね。

ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:南無薬師諸病悉除(しつじょ)の願(がん)こめて 詣(まい)るわが身を助けましませ
でした。

由緒については
聖武天皇の勅命によって神亀元年(724年)に 行基が薬師如来を刻んで本尊とし 本坊ほか12坊を建立 当初は亀鶴山施薬院宝光寺と称したとされる。
その後桓武天皇の勅願所となり 空海(弘法大師)が来錫して再興 脇侍の日光・月光菩薩を刻んで安置 本堂脇に眼病に霊験のある「目洗い井戸」を掘ったとされる。
天正7年(1579年) 長曽我部元親は 支配した讃岐の金毘羅大権現(松尾寺金光院)を「四国鎮撫の総本山」とするべく 当寺の坊の一つである南光院の院主を呼び寄せ 名を宥厳と改名させ院主とした。
その後 豊臣秀吉に敗れた長宗我部元親が高知に退却後の慶長5年(1600年)には 宥厳を呼び戻し当寺の住職に据えた。
宥厳は自分が持っていた南光院を奥之院とし 当寺は修験兼帯の真言寺とする。
当寺は長宗我部家の後ろ盾もあり繁栄し 慶安4年(1651年)に当寺から独立した南光院も隆盛したが 長宗我部家が滅亡し山内藩となると南光院は次第にその勢力を失っていき当寺も衰退した。
明治初年の廃仏毀釈の影響で当寺は一時期廃寺となるも 明治22年に再興された。
とありました。

延光寺(高知県)

駐車場にある案内板

延光寺(高知県)

石柱が土塀越しに見えました

延光寺(高知県)

仁王門

延光寺(高知県)

手水 龍ではありませんでした

延光寺(高知県)

銅鐘の由来 一部欠けています

延光寺(高知県)

修行大師像

延光寺(高知県)

鐘楼

延光寺(高知県)
延光寺(高知県)

本堂

延光寺(高知県)

木組みが美しい 梁に龍の彫刻

延光寺(高知県)

ご本尊薬師如来のご真言

延光寺(高知県)

内陣

延光寺(高知県)

賓頭盧尊者

延光寺(高知県)

大師堂

延光寺(高知県)

新西国霊場本尊泰安所

延光寺(高知県)
延光寺(高知県)
延光寺(高知県)
延光寺(高知県)

眼洗いの井戸 改修計画中

延光寺(高知県)
延光寺(高知県)

納経所

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延光寺の基本情報

住所高知県宿毛市平田町中山390
行き方

高知西南交通 中村-宿毛線「寺山口」下車 (1.0km)
38【金剛福寺】より
(自家用車)約2時間 約74km
(徒歩)約18時間 約56km
40【観自在寺】より
(自家用車)約40分 約30km
(徒歩)約8時間 約30km

アクセスを詳しく見る
名称延光寺
読み方えんこうじ
参拝時間

7:00~17:00

トイレ駐車場にあり
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0880-66-0225
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

巡礼の詳細情報

四国八十八ヶ所霊場(お遍路)

詳細情報

ご本尊薬師如来
山号赤亀山(しゃっきざん)
院号寺山院(じさんいん)
宗旨・宗派真言宗智山派
創建時代神亀元年(724)
開山・開基行基菩薩
文化財

銅鐘(重要文化財)
木造薬師如来立像と日光菩薩・月光菩薩(本尊と脇佛)、笑不動の画像、鈸子(宿毛市指定保護有形文化財)
寺山のいぶき(宿毛市指定天然記念物)

ご由緒

土佐路の西南端、「修行の道場」最後の霊場である。
現在の山号、寺名の由来にかかわる竜宮城の縁起からひも解こう。時代は平安中期、延喜11年(911)のころ、竜宮に棲んでいた赤亀が背中に銅の梵鐘を背負ってきたという。僧たちは早速これを寺に奉納して、これまでの山号、寺名を「赤亀山延光寺」に改めた。この梵鐘には、「延喜十一年正月…」の銘が刻まれ、総高33.6㎝、口径23㎝の小柄な鐘で、明治のはじめ高知県議会の開会と閉会の合図に打ち鳴らされていたともいわれ、国の重要文化財に指定されている。
縁起を寺の起源にもどそう。神亀元年に行基菩薩が聖武天皇(在位724〜49)の勅命を受けて、安産、厄除けを祈願して薬師如来像を彫造、これを本尊として本坊のほか十二坊を建立したのが開創とされている。当時は、薬師如来の瑞相にちなんで亀鶴山と称し、院号は施薬院、寺名を宝光寺と呼び、また、本尊の胎内には行基菩薩が感得したという仏舎利を秘蔵したと伝えられている。
弘法大師がこの寺を訪ねたのは延暦年間(782〜805)で、桓武天皇(在位781〜806)の勅願所として再興、日光・月光菩薩像を安置して、七堂伽藍を整えた。このとき大師が錫杖で地面を突いて湧き出た霊水が、今日に伝わる「眼洗い井戸」である。

体験御朱印重要文化財札所・七福神巡り
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