こんごうふくじ|真言宗豊山派|蹉跎山(さださん)
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1泊2日四国八十八か所巡り 2日目の4寺院目です。
岩本寺を出てカーナビに入力したら 約3時間と出ました。
ええーーー 遠すぎるーーー と言いつつ車を走らせたところ 2時間ほどで到着できました。
ただ お寺のすぐそばの駐車場までは行かせてもらえず 少し手前の小学校のグラウンドに停めるように指示されました。GWだと 学校のグラウンドを開放するなんて さすが四国八十八か所の力です。
先に足摺岬の景色を楽しんでからの参拝にしました。室戸岬でも感じたのですが 海がとてもきれいです。感動ものです。
さて こちらのお寺 観る所が多すぎです。伽藍だけでなく 岩が名物にもなっています。
境内の中心には池があり そのまわりに伽藍が配置されています。
千手観音様や不動明王 古いお地蔵様に あぁぁぁ大師堂見損なってた~。
帰ってきてから気づくこのがっかり感。しかし 四国八十八か所の中で 我が家から最も遠いので 当分の間はお参りできそうにありません。
えっと 説明はパスで 写真を拝見ください。
山号は蹉跎山 院号は補陀洛院 宗旨宗派は新義真言宗豊山派 ご本尊は三面千手観音 創建年は(伝)弘仁13年(822年) 開基は(伝)空海(弘法大師)です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ばざら たらま きりく そわか
ご詠歌:ふだらくやここはみさきの船の棹(さお) とるもすつるも法(のり)の蹉跎山
でした。
由緒については
弘仁13年(822年)に 嵯峨天皇から「補陀洛東門(ふだらくとうもん)」の勅額を受けた空海(弘法大師)が 三面千手観世音菩薩を刻んで堂宇を建てて安置し開創したという。
空海が 唐から帰国の前に有縁の地を求めて東に向かって投げたといわれる五鈷杵は 足摺岬に飛来したといわれている。
歴代天皇の祈願所とされたほか 源氏の信仰が篤く 源満仲は多宝塔を寄進 その子頼光は諸堂を整備した。
平安時代末期には足摺岬の先端にあることから 南方補陀落の観音浄土を望む霊場として修験者の行場となり また 後深草天皇の女御の使者や和泉式部なども参詣している。
鎌倉時代に幡多荘が成立すると 領主の九条家(のちに一条家)が崇敬し庇護を受けた。
鎌倉時代後期(建長から弘安期)には 南仏上人が院主となって再興したと伝えられ また阿闍梨慶全が勧進を行ったとも伝えられている。
とありました。

御本尊 三面千手観世音菩薩
四国の最南端、境内は120,000㎡
弘法大師が49歳のころ開山と言われてます。
四国八十八箇所第三十八番
御詠歌
ふだらくやここは岬の船のさを
とるもすつるも法の蹉跎山
奇石に囲まれた手水舎の龍さん
大師亀
足摺の七不思議の一つ
足摺岬の突端に亀呼岩があり、弘法大師が亀を呼び眼前に浮かぶ不動岩に渡り修行したと伝えられています。
いろんな願いを叶えてくれるんだそうです✨️
多宝塔 源頼光公が清和天皇菩提の為に建立
御本尊 胎蔵会大日如来
御本堂裏には五智如来 十三仏 千手観音の鋳造仏等、108もの仏像が安置されています。
圧巻❣️
愛染堂 権現堂 行者堂
四国最南端の足摺岬にある金剛福寺
車🚗³₃でも遠い💦
昔の人は凄いです🚶🏻🚶♀️👣👣👏
紫式部も訪れた歴史あるお寺♡
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【蹉跎山・足摺山(さだざん・あしずりざん)補陀落院(ふだらくいん)金剛福寺(こんごうふくじ)】
本尊:三面千手観世音菩薩
宗派:真言宗豊山派
開基:弘法大師
金剛福寺は、四国の最南端、国立公園の足摺岬を見下ろす丘の中腹にある。822(弘仁13)年弘法大師(774-835)はその岬突端に広がる太平洋の大海原に観世音菩薩の理想の聖地「補陀落(ふだらく)(インドの南海岸)」を感じたという。ときの第52代 嵯峨天皇(在位809-823)に奏上、勅願により伽藍を建立、勅額「補陀洛東門」を受し、開創したと伝えられる。

【38_T.Hamada's view】

【38_足摺岬の突端】
足摺岬は古来より憧れの修行の地。あまりにも険しい道のりから「大師も足摺った」とか。ここから大師は亀に乗って修行に出かけたとも言われる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)

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