たかくじんじゃ
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楽しみ方高來神社のお参りの記録一覧
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かおり
2025年03月04日(火)1805投稿

Kazu
2024年05月30日(木)2059投稿

花散里
2023年04月03日(月)842投稿

サンダー
2022年11月05日(土)2390投稿

ヒロディ
2022年10月30日(日)1701投稿

こばけん
2022年08月07日(日)1364投稿
22.8.06。JR大磯駅又は平塚駅北口よりバスで「花水」及び「化粧坂」下車、徒歩3分。大磯町高麗2丁目の閑静な住宅地に鎮座。
御祭神
・神皇産霊尊
(かんみむすびのみこと)
・天津彦邇瓊瓊岐命
(あまつひこほににぎのみこと)
・応神天皇
・神功皇后
社格等 旧郷社
高麗山(こまやま)の麓にある高来(たかく)神社は、神功皇后が三韓征伐(新羅・百済・高句麗)の後に、神皇産霊尊・高麗大神若光(高麗権現)を祀ったのが始まりという。
のちに瓊瓊岐命・応神天皇・神功皇后が祀られている。
養老元年(717年)には、僧行基菩薩が高麗寺を創建。千手観音を本地仏と定め、神仏習合の聖地となった。
高麗寺は、建久3年(1192年)、源頼朝が妻北条政子のお産加持を命じたという祈願所の一つ。
江戸時代には徳川家康によって東照大権現が勧請されている。明治の神仏分離によって高麗寺が廃され高麗神社となり、安置されていた仏像は慶覚院に移された。
明治30年(1897年)には高来神社と改称。
〜Webサイト「鎌倉手帳」より〜
今回2回目の参拝ですが、前回は本格的な寺社巡りではなかったので拝殿で参拝だけでした。
本日は境内の隅々までじっくり見て廻リました。
樹木の種類が多く、緑に染まっており、且つ見所も多くて良き神社です。
参道沿いに宮司様宅ありますが、今回は不在で御朱印は拝受できずでした。

ハナペペ
2022年02月14日(月)325投稿
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