ほんがくじ
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楽しみ方本覚寺のお参りの記録一覧(2ページ目)

身延山久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したことから東身延とも呼ばれる。
もともとは源頼朝が幕府の裏鬼門の鎮守として建てた夷堂があり、1274年佐渡配流から戻った日蓮がここに滞在し布教を行ったという。
1436年足利持氏から夷堂と社領を寄進を受け日出により創建された。

本堂

本堂


日蓮御分骨堂

鐘楼

手水舎

夷堂


楼門



客殿

庫裏

大門

正式名:妙厳山本覚寺
通称:東身延、日朝さま
神奈川県鎌倉市にある日蓮宗の本山。本尊は釈迦三尊像。身延山の久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したため「東身延」とも呼ばれる。
現在の本覚寺の山門がある場所の前には、夷堂と呼ばれる堂があった。この夷堂は、源頼朝が鎌倉幕府の開幕の際に、幕府の裏鬼門(南西)にあたる方向の鎮守として建てたとされ、天台宗系のものであった。
文永11年(1274)に佐渡配流から帰った日蓮が、この夷堂に滞在し、辻説法などの拠点としていた。その後、永享8年(1436)に一乗院日出が日蓮にゆかりの夷堂を天台宗から日蓮宗に改め本覚寺を創建したという。
後に身延山を再興した第2世の行学院日朝は身延山への参詣が困難な老人や女性のために、身延山より日蓮の遺骨を分骨して本覚寺に納めた。これが本覚寺が「東身延」と呼ばれる由縁である。
元々は中本山であったが、昭和49年(1974)に本山(由緒寺院)に昇格している。



















































GW前半は、鎌倉で御朱印散歩。 この日最後は本覺寺へ。 永享8年(1436年)、日出上人(にっしゅつ)が鎌倉公方・足利持氏(あしかがもちうじ)の支援により創建した日蓮宗のお寺です。 かつてこの地には、源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉幕府開幕の際に幕府の裏鬼門(南西)の鎮守として建てた「夷堂」と呼ばれる天台宗系のお堂があり、文永11年(1274年)、佐渡流罪を解かれ鎌倉に戻った日蓮上人(にちれん)は辻説法の拠点としてこの堂に滞在し、布教を再開したと言われています。 夷堂は元弘3年(1333年)の東勝寺合戦の際に焼失してしまいますが、日蓮ゆかりの場所として前段の日出上人によって天台宗から日蓮宗に改められ本覚寺を創建、境内に夷堂も再建されました。 また、二世の日朝上人(にっちょう)によって日蓮宗総本山の身延山久遠寺から、日蓮上人の遺骨を分骨した為、日蓮宗の本山(由緒寺院)として「東身延」とも称されています。 境内は割と広く山門や本堂も立派なお寺で見所もありますが、宝戒寺や妙隆寺同様に鶴岡八幡宮のような人で溢れる様は無く、落ち着いた雰囲気の中静かにお参りできました。 御朱印は日朝上人のものを戴きました。

本覚寺・大門

本覚寺・日蓮御分骨堂

本覚寺・鐘楼

本覚寺・本堂

本覚寺・本堂の扁額

本覚寺・夷堂

本覚寺・手水舎

本覚寺・手水鉢

本覚寺・本堂

本覚寺・人形塚

本覚寺・夷堂橋

本覚寺・桜門

本覚寺・由緒書

御朱印・日朝大上人

24.04.06。先の大巧寺より徒歩3分。鎌倉市小町1丁目にある日蓮宗の寺院。
《日蓮宗由緒寺院・本山》
《東身延》
本日の鎌倉花詣その⑧。
境内の有名な枝垂桜は8割方散っていましたが、ソメイヨシノは満開でした。

駅側よりの入り口

あ題目塔

参道

ソメイヨシノ

ハナズオウ

枝垂桜

日朝堂


鐘楼

本堂


水屋
↓


夷堂
鎌倉七福神・夷神


24.04.01 鎌倉「本覚寺」 高木の枝垂れ桜の開花が見頃の頃

01-1) 鎌倉 ’ 日朝さま ’、’ 東身延 ’ 日蓮宗本山寺格由緒寺院
「妙厳山本覚寺(みょうごんさんほんがくじ)」 _ 鎌倉市小町
源頼朝が鎌倉幕府裏鬼門に建立の天台宗系 ’ 夷堂 ’ 跡周辺に、
年月を経た永享8年(1436年)一乗院日出が
(現行呼称の)日蓮宗に改め創建とされる。
鎌倉江の島七福神(夷神)、鎌倉十三仏霊場 第3番(文殊菩薩)
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01-2)
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01-3
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02) 本堂方向、遠景。
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03-1) 本堂に向かって、右方。
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03-2) 高木の枝垂れ桜を、’ 日蓮上人分骨堂 ’ 方向。
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04-1) 枝垂れ桜を、向かって 本堂の右側面方向(=本堂の左側面方向)。
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04-2)
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04-3)
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24.04.01 #鎌倉 「 #本覚寺」 高木の #枝垂れ桜 の開花が見頃の頃 _ #鎌倉市小町
/ #2024桜 #桜 #鎌倉江の島七福神 #鎌倉十三仏霊場
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2024-04-08-3

24.01.03E 鎌倉「本覚寺」新年 初参拝 _ 鎌倉市小町

01) 鎌倉 ’ 日朝さま(にっちょうさま/ニッチョさま) ’、 ’ 東身延 ’
日蓮宗本山寺格由緒寺院「妙厳山本覚寺(みょうごんさんほんがくじ)」参拝。
源頼朝が鎌倉幕府裏鬼門に建立の天台宗系 ’ 夷堂 ’ 跡周辺に、
年月を経た永享8年(1436年)一乗院日出が(現行呼称の)日蓮宗に改め創建とされる。
鎌倉江の島七福神(夷神)、鎌倉十三仏霊場 第3番(文殊菩薩) _ 鎌倉市小町
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山門を潜りながら
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02) 本堂方向、遠景。
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03) 本堂前で、祈念。
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#妙厳山本覚寺 #ほんがくじ #正宗墓所 #刀工正宗
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2024-01-08

高徳院から江ノ電に乗って鎌倉駅へ
日蓮宗の本覚寺を参拝しました。本覚寺では、御首題と鎌倉13仏3番の御朱印を拝受しました。

江ノ電 鎌倉駅です

仁王門横のお題目塔

本覚寺の仁王門

本覚寺案内板

常香炉と本覚寺の本堂

本覚寺・夷堂
鎌倉江の島七福神(恵比寿)の札所

手水舎の龍

鐘楼

人形塚

本覚寺の本堂

本覚寺の御首題

鎌倉13仏3番の御朱印

日蓮上人分骨堂

裏門のお題目塔

本覚寺の裏門

一乗日出を開山として1436年(永享8)に創建。足利持氏が鎌倉の夷堂があった場所に寺を建てて日出に寄進した寺院。二代目住職が日朝上人であったことから「日朝さま」という名で親しまれている。また、身延山から日蓮の骨を分けたので「東身延」とも呼ばれている。
鎌倉駅から徒歩ですぐの場所にあります。
東身延という名の示す通り、日蓮宗寺院です。
御朱印は基本的に1つだけ。となっているのですが。
女性の方が、日朝上人の御朱印。僧侶が御主題を書いてくださいました。
もちろん、御朱印帳は別です。
感謝でした。
境内にあった「しあわせ地蔵さま」が可愛かったです。
















鎌倉七福神2023⑤ 本覚寺
妙隆寺から徒歩10分弱で着きます。
仁王門が構えており、かなり古そうなお寺さんです。
とても立派な恵比寿さんのお家がありますよ☺️

仁王さま👹

到着です。歴史が深そうな仁王門ですよ

手水舎

境内は広いです。鬼ごっこ楽しそうです🙈

釣り鐘もあります

ご本堂

こちらが恵比寿堂です

恵比寿さんの御朱印は左上です。力強いですネ💪

23.05.18。先の大巧寺さんより徒歩3分。鎌倉駅からも至近の小町1丁目にある日蓮宗の寺院。
別称《東身延》
寺格 本山(由緒寺院)
山号 妙厳山(みょうごんさん)
創建 永享8年(1436年)
開山 日出(にっしゅつ)
本尊 釈迦三尊
札所 鎌倉十三佛霊場第三番
鎌倉江の島七福神・夷神
【歴史】〜Wikipedia より〜
本覚寺の山門がある場所の前には、夷堂と呼ばれる堂があった。この堂は源頼朝が鎌倉幕府開幕の際に、幕府の裏鬼門にあたる方向の鎮守として建てられた。天台宗系のものであった。1274年に佐渡配流から帰った日蓮が一時、この夷堂に滞在し、辻説法などの拠点としていた。その後の1436年に日出が日蓮にゆかりの夷堂を天台宗から日蓮宗に改め本覚寺を創建したという。
後に身延山を再興した第2世の行学院日朝は、身延山への参詣が困難な老人や女性のために、身延山より日蓮の遺骨を分骨して本覚寺に納めた。本覚寺が「東身延」と呼ばれる理由である。
今回の日朝大上人の御朱印拝受で当寺の3種の御朱印と御首題が揃いました。境内には修学旅行生(中学生)がノートを広げて学習している姿など、ホッコリ出来る場面を見ることが出来ました。


鎌倉駅側からの門
(裏参道)

お題目塔

参道


日蓮上人分骨堂遠景
手前は《しあわせ地蔵》です。



鐘楼

梵鐘
応永17年(1410年)の銘を持っているようです。《市重文指定》

本堂方向

常香炉

青銅製の灯籠
↓


本堂
↓

扁額(常祥閣)


手水鉢の龍
水は出ていません。

がまん様

夷堂
↓


表参道側の山門(仁王門)

仁王像
↓


23.03.20H 鎌倉「本覚寺」参拝、枝垂れ桜の高木が満開の頃。 _ 鎌倉市小町

写真は過去のページと ほぼ全て重複しますが、私的な参拝年月日記録。
01) 鎌倉 ’ 日朝さま ’、’ 東身延 ’
日蓮宗本山寺格由緒寺院「妙厳山本覚寺(みょうごんさんほんがくじ)」拝参。
源頼朝が鎌倉幕府裏鬼門に建立の天台宗系 ’ 夷堂 ’ 跡周辺に、
年月を経た永享8年(1436年)一乗院日出が(現行呼称の)日蓮宗に改め創建とされる。
鎌倉江の島七福神(夷神)、鎌倉十三仏霊場 第3番(文殊菩薩)
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02-1) 向かって本堂右方、高木の枝垂れ桜。
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02-2) 満開の枝垂れ桜
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03-1) 向かって本堂右側面側境内、高木で満開の枝垂れ桜。
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03-2) 陽光を遮りながら、高木の下の方だけ。
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04-1) ’ 日蓮上人分骨堂 ’ 方向
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23.03.20H #鎌倉 「 #本覚寺 」参拝、 #枝垂れ桜 の高木が満開の頃。 _ #鎌倉市小町
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2023-03-30
/ #2023桜 #桜 #鎌倉江の島七福神 #鎌倉十三仏霊場

妙隆寺さんからさらに南へ。
恵比寿さんへお参りです。
ここ本覚寺さんは幾度かお参りさせていただいてるので、写真はツレに任せてたら…

こんな写真しか撮ってくれてネーンダヨ😤
夷堂の前です。

寺務所にて御朱印いただきました。
こちらはいつも親切にご対応くださいます🙏
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