御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

ほんがくじ

本覚寺のお参りの記録一覧
神奈川県 鎌倉駅

天狼星
天狼星
2025年01月08日(水) 21時14分03秒
856投稿

妙厳山本覚寺。
宗派ー日蓮宗。
本尊ー三宝尊。
創建ー永享八年(1436)
開山ー一乗房日出

本覚寺(神奈川県)

山門(二天門)
江戸時代に三浦半島の寺院にあったが、明治時代に移築した。
右に見えるのは、夷堂。

本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)

本堂

本覚寺(神奈川県)

夷堂
天台宗系の御堂として建立されていたが、本覚寺建立寺に取り込まれ、明治時代の神仏分離令により、七面大明神、山王台権現と合祀して蛭子神社に祀られていたが、神仏分離令撤回ご、昭和五十六年(1981)に再び、本覚寺に再勧請された。

本覚寺(神奈川県)

鐘楼

本覚寺(神奈川県)

日蓮御分骨堂
身延山より移した、日蓮の分骨が祀られています。
このことより、東身延とも呼ばれています。

本覚寺(神奈川県)

御題目塔

本覚寺(神奈川県)
もっと読む
kao
kao
2025年06月11日(水) 15時54分59秒
194投稿

06.12.02
本覚寺

鎌倉江の島七福神巡り1日目 ⑤
◇本覚寺【夷神】商売繁盛の神。幕府の裏鬼門に当たっていたので、幕府を守る神として源頼朝が祀ったとされます。
恵比寿は七福神の中でただ一人の日本の神様です。商売繁盛、縁結び、五穀豊穣の福神です。
釈迦三尊、中尊に釈迦如来、右脇侍に普賢菩薩、左脇侍に文殊菩薩と祀られ、そのうち文殊菩薩は鎌倉十三仏の第三番札所として有名。そして本堂右側にある分骨堂には、身延山のお墓から分骨された日蓮上人の遺骨が安置されています。
夷堂があるのは、仁王像が左右に鎮座する正面入り口の山門を入ってすぐ右手の小高い場所。中には七福神の1神である夷尊神が祀られています。夷尊神とは商売繁盛の神様で知られる恵比寿天のことです。

商売繁盛とのことで独立がうまくいくようにお願いいたしました。

駐車場は少しわかりにくいですが大門の方に行くとわかると思います。

本覚寺の御朱印
本覚寺の御朱印
本覚寺(神奈川県)

《屏風型 御朱印帖》
価格:3,000円
鎌倉・江の島七福神専用の屏風型の御朱印帖です。
屏風型なので綺麗に飾れます。
※浄智寺、御霊神社などでお取り扱いしております。この御朱印帳は置いていないところもあるのでご確認を。

本覚寺(神奈川県)

◇浄智寺【布袋尊】 弥勒菩薩の化身といわれる不老長寿の神です。
◇鶴岡八幡宮(旗上弁財天社)【《弁財天】芸能・開運の神。源頼朝や北条政子が諸祈願を行なった弁才天と伝えられます。現在は鎌倉国宝館にあります。
◇宝戒寺【毘沙門天】仏教を守護する四天王の一人。病魔対敵の神です。
◇妙隆寺【寿老人】中国道教に起源を持つ長寿の神です。
◇本覚寺【夷神】商売繁盛の神。幕府の裏鬼門に当たっていたので、幕府を守る神として源頼朝が祀ったとされます。
◇御霊神社【福禄寿】幸福・財宝の神。宝蔵庫に納められています。
◇長谷寺【大黒天】財福の神。大黒堂に祀られ、「出世・開運授け大黒天」として多くの信仰を集めています。
◇江島神社【弁財天】「鎌倉・江ノ島七福神とする場合に加えられます。

本覚寺(神奈川県)

《飾り色紙(たとう付き)》
価格:1,000円
​手書きご朱印用の色紙です。

もっと読む
japan-welder-A-K
japan-welder-…
2026年01月16日(金) 17時00分17秒
490投稿

神奈川県 鎌倉市 小町 に境内を構える、妙厳山 本覺寺(みょうごんざん ほんがくじ)別称は東身延 (身延山の久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したため東身延と呼ばれる) 日朝様 、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 に 鎌倉十三仏霊場巡礼 鎌倉江の島七福神巡礼にて参拝致しました、綺麗に手の行き届いた 境内、本堂、夷堂、寺院対応も窓口が在り親切スムーズでした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 妙厳山、寺号は 本覺寺、宗旨 宗派は 日蓮宗、寺格は 本山(由緒寺院)ご本尊は 三宝尊、鎌倉十三仏霊場 第三番札所(文殊菩薩) 鎌倉江の島七福神(恵比寿、夷神)身延山の久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したため現在の本覺寺の山門がある場所の前には「夷堂」と呼ばれる堂があった。この夷堂は源頼朝が鎌倉幕府開幕の際に、幕府の裏鬼門(南西)にあたる方向の鎮守として建てたとされ、天台宗系のものであった。文永11年(1274年)に佐渡配流から帰った日蓮が四十数日に亘ってこの夷堂に滞在し、三度目の『立正安国論』奏進に備えたと伝わっている。永享8年(1436年)、気鋭の布教伝道で名高かった一乗房日出が常在山 本覺寺(静岡県三島市)から鎌倉へ転出、天台宗金龍山釈満院円頓宝戒寺の住僧・心海と問答を繰り広げ(永享問答)勝利を収めた。日出の勢力拡大を危惧した心海が諸宗の僧侶と合議の上で時の鎌倉公方・足利持氏に讒訴し、また日出もこれと同時(6月2日付)に事の顛末を記した『問答始末記』を提出した。その結果、足利持氏は鎌倉府中の日蓮宗の壊滅を画策し、16ヶ寺の取り潰しと僧侶及び信徒への弾圧を試みた。ところが、これに反発する信徒衆数百が荒居閻魔堂(現在の新居山圓應寺)に集結し一触即発の状態になった。当時幕府との緊張関係が極限を迎えていた持氏は、この蜂起が“鎌倉府討伐の口実”となる事を憂慮し処分を撤回。更に日出に対して日蓮の国家諌暁ゆかりの夷堂とその社領12000坪を寄進して法華寺院の建立を認めた。これが本覺寺創建の由来と伝えられている。なおこの一連の騒動は「永享法難」と称されている。
その後文安3年に日出の弟子・行学院日朝が第2世として晋山する。15年の在山の後に身延山 久遠寺第11世として栄晋し、当時衰退の一途を辿っていた身延山の再興を図った。その際、身延山への参詣が困難な老人や女性のために身延山より日蓮の遺骨を分骨して本覺寺に納めた。これ以降「東身延」と称されると共に、日朝が眼病の治癒で非常に信仰を集めたため「日朝様」とも呼ばれ親しまれた。
戦国時代以降には、後北条氏・豊臣氏・徳川氏から代々寺領12貫200文を保証され、塔頭末寺併せて10ヶ寺を擁する中本寺へと発展する。更に時が下り開山700年の節目にあたる昭和49年(1974年)には本山(由緒寺院)に昇格し、現在まで隆盛を誇っている。
現住は52世・永倉日侃貫首(神奈川県藤沢市常立寺より晋山)潮師法縁

本覚寺(神奈川県)

神奈川県 鎌倉市 小町 に境内を構える、妙厳山 本覺寺(みょうごんざん ほんがくじ)別称は東身延、御首題です。

本覚寺(神奈川県)

神奈川県 鎌倉市 小町 に境内を構える、妙厳山 本覺寺(みょうごんざん ほんがくじ)別称は東身延、鎌倉江の島七福神(恵比寿、夷神)

本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)

神奈川県 鎌倉市 小町 に境内を構える、妙厳山 本覺寺(みょうごんざん ほんがくじ)別称は東身延、鎌倉十三仏霊場 第三番札所(文殊菩薩) 以上で鎌倉十三仏は結願 です、

本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
本覚寺(神奈川県)
もっと読む
行きたい
行った
お問い合わせ

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ