じょうみょうじ|臨済宗建長寺派|稲荷山(稲荷山浄妙広利禅寺)
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楽しみ方浄妙寺のお参りの記録一覧

報国寺の参拝の後に浄妙寺に参拝しました。
こちらでは入山の際に入山料とともに御朱印をお願いして、帰りがけに受け取るという形式でした。静かで落ち着いた雰囲気が素敵でした。こちらでは、お抹茶とお菓子をいただける喜泉庵とお食事がいただけるガーデンテラスがありました。ガーデンテラスは月曜日定休ということで残念ながら食べられませんでした。室町幕府初代将軍・足利尊氏の弟足利直義の墓とされるやぐらがありました。







神奈川県 鎌倉市 浄明寺に境内を構える、浄妙寺(じょうみょうじ)正式名称は、稲荷山 浄妙広利禅寺(とうかさん じょうみょうこうりぜんじ)山号は 稲荷山、寺号は 浄妙寺 (稲荷山 浄妙広利禅寺) 臨済宗 の寺格は 鎌倉五山の第五位、宗旨 宗派は 臨済宗 建長寺派、ご本尊は 釈迦如来、鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第九番札所 聖観世音菩薩、鎌倉十三仏霊場 第二番札所(釈迦如来)
鎌倉五山第五位の由緒ある禅宗の寺で、室町時代は境内に二十三の塔頭を持つ大寺院でした。現在は総門本堂、客殿、庫裡が残って
います。茶室・喜泉庵と枯山水の庭は平成三年に復元されました。
本堂の奥にある鎌足稲足利義兼による文治4年(1188年)の創建と伝えられる。初めは極楽寺という密教(真言宗)の寺院であったが、建長寺開山 蘭渓道隆の弟子、月峯了然(げっぽうりょうねん)が住職となってから禅刹に改め、ついで寺名も足利貞氏の法名をとって浄妙寺と称した。寺名を改称したのは正嘉年間(1257〜1259年頃)とみられる。
文治4年(1188年)極楽寺創建。開山は退耕行勇、開基は足利義兼、建久9年(1198年)足利義兼は秘蔵の弘法大師筆の荒神・不動の二軸を刻ませた。
正治元年(1199年)源頼朝・足利義兼が没し、北条政子は前年作成の荒神・不動を寺門の右の小高いしげみの「本寂堂」に安置したという。
建暦2年(1212年)源実朝は足利義氏に命じて造営を加え、母北条政子の白檀の弥陀の立像と新造の釈迦像を安置したという。
正嘉元年(1257年)~正応元年(1288年)ごろ:蘭渓道隆(建長寺開山)の弟子の月峰了然が住持となって禅宗の寺院となり、「浄妙寺」に改名した。
正平6年(1351年)浄妙寺境内の延福寺に足利直義が幽閉される。翌年2月26日急死。
延文2年(1357年)火災、
延文3年(1358年)鎌倉五山第五位の寺とされる。ただし、この時点では未確定。
至徳3年(1386年)7月10日:足利義満は鎌倉五山第五位の位次を決定した。寺は最盛期を迎え、塔頭23院を有した。後、火災などで衰微する。応永31年(1424年)火災、永享10年(1438年)火災、但し、永享の乱の際に三浦時高が付近に火を放ったことによる推定という。文明18年(1486年)尭恵は『北国紀行』に「浄妙寺に入りて見るに、台あれて春の草にかたぶき、ひはだ朽ちて苔のみどりにひとし」と記している。宝暦6年(1756年)仏殿を再建する

鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第九番札所 聖観世音菩薩


鎌倉五山 第五位 朱印です。

鎌倉十三仏 第二番札所 釈迦如来












浄妙寺を後にバス停2つでも浄明寺(バス停)までバスに乗ろうかな思いましたが時間が合わなくて徒歩にて鎌倉市浄明寺の浄妙寺を参拝しました。
浄妙寺では、令和4年に参拝した時に鎌倉五山(本尊)と鎌倉33観音の御朱印を頂いていたので今回は、鎌倉13仏(2番)の御朱印を頂きました。
境内にある喜泉庵では、枯山水庭園を見ながらお抹茶やお菓子がいただけるようです。 また、少し離れた所に石窯ガーデンテラスがあり焼きたてのパン・ティーなどが楽しめるようです。 どちらも当然ながら有料です。 行っていないので詳細は、不明です。
浄妙寺は、足利氏ゆかりの地に建つ鎌倉五山第五位の禅寺です。
他の鎌倉五山の寺院が北条氏や源氏ゆかりの寺院なのに対して、浄妙寺は唯一足利氏ゆかりの寺院です。
山号になった寺の裏山・稲荷山には、鎌足稲荷神社の祠があり、この地に藤原鎌足が鎌を埋めた事が「鎌倉」という地名の由来になったという伝説が残っています。
(三浦半島日和より抜粋です)
【宗派】臨済宗建長寺派
【寺格】鎌倉五山(第五位)
【創建】文治4年(1188年)
【開山】退耕行勇
【開基】足利義兼
【山号】稲荷山
「浄妙寺の札所」
・鎌倉33観音(9番)
・鎌倉13仏(2番)
・鎌倉五山(本尊)

浄妙寺の山門


浄妙寺の寺号標

山門の扁額

山門からの本堂

浄妙寺の受付
(拝観料と御朱印の対応)

参道脇の庭園


浄妙寺の本堂




鎌倉13仏(2番)の御朱印

令和6年(2024年)5月3日(金)
神奈川県鎌倉市浄妙寺の浄妙寺に参拝
鎌倉の東部を散歩
浄妙寺の拝観料は100円。おお、それは安い。ここで御朱印帳を預けて帰りに受け取るという仕組みになっている。500円
こちらのお寺は鎌倉五山の第五位。あちこちに足利氏の紋の「二つひき」がある。まさに足利氏の寺。そうか、鎌倉五山は室町時代に制定されたものなので、足利ゆかりの寺を上位に置いたということか。当たり前のことに今さらながら納得する。
真正面には本堂があり、ぐるりと回って裏手には足利貞氏つまり尊氏の父親の墓がある。「太平記」では緒形拳が北条氏の圧力に苦しみながらなんとか耐える貞氏を演じていたのでした。
さらに奥の方には墓地が広がっている。
境内には足利直義つまり尊氏の弟の墓もあるとのことなのでそちらに向かう。少し上っていった先に「やぐら」があって、そこに直義の墓と書かれている。
この「やぐら」は先ほど行った十二所神社にもあり、鎌倉らしい雰囲気を醸し出すものになっているけれど、考えてみれば、そういうものが発達したのはこのあたりの岩が簡単に彫れるほど柔らかいからではないか。でも、そんなに柔らかかったら、ちょっとしたことで崩れたりしないのだろうか。素朴な疑問を感じた。
この直義の墓は寺の境内にある洋食のお店「石窯ガーデンテラス」の入り口近くにあり、このお店に入るには拝観料を納めないといけないらしい。外から見るとなかなかオシャレな感じ。
本堂近くに戻り、喜泉庵に立ち寄る。ここは抹茶をいただける古民家カフェ。干菓子と生菓子を選べるのだが、値段の安い干菓子の方にする。660円 (生菓子だと1,100円)干菓子にも二つひき。
鳥のさえずりで耳を、枯山水で目を楽しませ、干菓子で舌を楽しませてから抹茶で爽やかに。
これはのんびりと落ち着ける空間。
水琴窟もあり、からりんとした音に耳を澄ます。






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