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らいこうじ

来迎寺(材木座)のお参りの記録(1回目)
神奈川県和田塚駅

投稿日:2025年12月28日(日) 08時53分34秒
参拝:2024年11月吉日
構える、随我山 来迎寺(らいこうじ)当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます 、2024 に鎌倉三十三ヶ所鎌倉霊場巡礼にて参拝致しました、小さめの寺院でしたが綺麗に手入れされ参拝して気持ちの良い寺院でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 隨我山、寺号は 來迎寺、宗旨 宗派は 時宗、ご本尊は 阿弥陀三尊 (阿弥陀如来、聖観世音菩薩、勢至菩薩)
鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第十四番札所(聖観世音菩薩)
1194年(建久5年)源頼朝の開基である。衣笠城合戦で戦死した三浦義明の菩提を弔うために寺を創建した。当初は真言宗の寺院で「能蔵寺」と称していた。1335年(建武2年)音阿によって時宗に転宗し「来迎寺」に改称した、三浦一族は、1180年(治承4年)の頼朝の挙兵の際(石橋山の戦い)に出陣するも間に合わず、その帰路、由比ヶ浜で当時平氏方だった畠山重忠軍と戦い、義明の孫多々良重春が討死。その後、衣笠城が攻められ、義明は籠城の末、討死している(89歳)。
「百六つ義明公」という伝説が残されているが、頼朝が「17回忌まで生きたものとみなす」よう伝えたためなのだとか・・・。
本堂横には義明の五輪塔が、本堂裏には三浦一族の墓がある。
本尊 阿弥陀三尊は運慶作と伝えられ、義明の守り本尊だったといわれる。
当寺には、2基1組の五輪塔が安置されている。これは三浦義明と多々良重春の墓と伝えられている。多々良重春は石橋山の戦いに敗れて戦死した武将である。
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)
来迎寺(材木座)(神奈川県)

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