こうみょうじ|浄土宗(浄土宗鎮西派)大本山|天照山
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楽しみ方光明寺のお参りの記録一覧
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鎌倉の霊場巡りの参拝記録です。
5月に霊場巡りを発願し、その時は金沢街道周辺の杉本寺、明王院、覚園寺、瑞泉寺などを巡るとともに、荏柄天神社や鎌倉宮にもお参りしました。
その後、この7月の休みに霊場巡りを再開。この日は材木座周辺を巡り、千手院、蓮乗院に続いて、光明寺へお参りしました。
正式には天照山蓮華院光明寺といい、第4代執権・北条経時を開基、然阿良忠上人を開山とする浄土宗の大本山です。材木座を代表する大寺院で、境内へ入ると、あらためてその規模の大きさを感じました。
光明寺には、10年ほど前にも桜の季節にお参りしたことがあります。境内を歩きながら、当時のことを懐かしく思い出しました。
現在は「令和の大改修」が進められており、国の重要文化財である大殿は工事に覆われ、その姿を見ることができませんでした。
一方、古代ハスが咲く記主庭園と、その中に塔のようにそびえる大聖閣は以前と変わらず印象的で、久しぶりに目にして懐かしい気持ちになりました。大聖閣の二階には阿弥陀三尊が安置されているそうです。
光明寺は、鎌倉三十三観音霊場第18番、鎌倉二十四地蔵尊霊場第22番の札所であり、鎌倉六阿弥陀の一寺でもあります。
今回は、それぞれの霊場の御朱印をいただきました。
以前の参拝を思い出しながら、霊場巡りとしてあらためてお参りできた、感慨深い参拝となりました。大改修を終えた大殿の姿を見られる日も楽しみにしています。



-天照山蓮華院光明寺について-
光明寺は浄土宗の大本山にあたり、関東総本山と呼ばれることも。開山は浄土宗三祖良忠上人。
光明寺は、北条経時公の帰依を受けて開山したと言われます。その後も第五代の執権、北条時頼公をはじめ歴代執権の帰依をうけ、七堂伽藍を整え、関東における念仏道場の中心となり、後土御門天皇より『関東総本山』の称号を受け、国と国民の平安を祈る『勅願所』となりました。
江戸時代になると、徳川家康公は当山を関東十八檀林の筆頭におき、念仏信仰と仏教研鑽の根本道場となりました。檀林とは徳川幕府が定めた学問所です。
当寺は浄土宗の「お十夜」発祥の寺です。お十夜法要は第九世観譽祐崇上人の時(明応四年・1495年)に始まりました。後土御門天皇の勅許をうけ、引声阿弥陀経と引声念仏による十夜法要を勤めるようになり、今も古式によって毎年十月十二日より十五日までの四日間盛大に法要を勤めています。
光明寺は浄土宗の「お十夜」発祥の寺です。お十夜法要は第九世観譽祐崇上人の時(明応四年・1495年)に始まりました。後土御門天皇の勅許をうけ、引声阿弥陀経と引声念仏による十夜法要を勤めるようになり、今も古式によって毎年十月十二日より十五日までの四日間盛大に法要を勤めています。-光明寺ホームページより
-境内-
ものすごく迫力がある山門があり、くぐると大きな本堂があるのですが、現在は修復中です。
本堂より左を見ると仮本堂となっている、開山堂があります。開山堂の右手に、大聖閣があります他にも、お稲荷さんや鐘楼、沢山あります。
-授与品-
かわいい光明寺せんべいや、きつねと薬袋御守、光明寺Tシャツなどなどあります。
-入山料-
基本的には入山料はございません。
-駐車場-
光明寺には広い駐車場があります。(駐車料金はございません)
-光明寺ホームページ-
https://komyoji-kamakura.or.jp/
-住所-
〒248-0013 神奈川県鎌倉市材木座6丁目17−19
【追記】
開山堂の"堂"が抜けており開山になっています。誤字があることを謝罪しますm(_ _)m





24.12.15C 鎌倉「光明寺」参拝 _ 鎌倉市材木座

01) 浄土宗大本山「天照山蓮華院光明寺」 _ 鎌倉市材木座
総門を潜ってからの、山門(三門:三解脱門)方向遠景
開基:鎌倉幕府第四大執権 北条経時 _ 墓所(供養塔)も当寺院裏の高台
鎌倉三十三観音18番、鎌倉二十四地蔵22番、東国花の寺百ヶ寺 鎌倉2番
HP: https://komyoji-kamakura.or.jp
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02-1) 向かって右:約十年間の予定で本堂 ’ 大殿 ’ は修復中にて、・・・
・・・左:仮本堂を担う ’ 開山堂 ’ 遠景。
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こうみょうじ)正式名称は 天照山 蓮華院 光明寺、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 鎌倉三十三ヶ所観音霊場巡礼にて参拝致しました、2024に 鎌倉三十三観音霊場巡礼にて参拝致しました、大きな寺院ですが親切 丁寧な対応の寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 天照山、院号は 蓮華院、寺号は 光明寺、宗旨 宗派は 浄土宗 鎮西派、寺格は 大本山 (浄土宗 関東総本山)、ご本尊は 阿弥陀如来、東国花の寺 百ヶ寺 鎌倉 第二番札所 蓮、鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第十八番札所、鎌倉二十四地蔵尊霊場 第二十二番札所、七観音霊場(如意輪観音)
開基は、鎌倉時代の4代執権の北条経時公。 1240(仁治元)年、経時公が佐助ヶ谷(現在の鎌倉市佐助)に蓮華寺を建て、然阿良忠(記主禅師)を迎えて開山しました。 後年の1243(寛元元)年、蓮華寺を現在の地に移して光明寺と改めたのが創建と伝えられ、鎌倉四大寺にも数えられる(他は建長寺・円覚寺・遊行寺)
良忠は浄土宗第三祖で、良忠が鎌倉に住まいしたことで浄土宗が関東以北へ広がったといわれる。三門(山門)の扁額(「天照山」の文字)は後花園天皇の直筆と伝えられ、後土御門天皇からは「関東総本山」の称号を受け勅願所とされるとともに、「お十夜法要」も勅許された。江戸時代には、徳川家康によって念仏信仰と仏教研鑽の根本道場として「関東十八檀林」(檀林とは、徳川幕府が定めた僧侶の学問所)が定められ、増上寺をはじめとする浄土宗十八ヶ寺が公式に認められ、光明寺もその一寺となった。皇室との関係も深く、後花園天皇からは山門にある「天照山」の掲額を、後土御門天皇からは、関東における念仏修業根本道場として「関東総本山」の称号を受け、国と国民の平和を祈る「勅願所」となりました、
鎌倉海原を望み、海越しに富士山が見えます、特に日没時、海のかなたに沈む夕日の美しさは絶景である。鎌倉市内最大の木造堂宇である大殿の前から、山門にかけて咲くソメイヨシノは見ものである。その大殿の右手、枯山水庭園「三尊五祖の庭」に咲くサツキも見落とせない風情だ。本堂左手に広がる記主庭園。夏に入り院号にも詠われる、寺を代表するハスは、一重と八重の花がまるで競うように咲き誇る



24.04.07A 鎌倉「光明寺」桜の開花が見頃の頃 _ 鎌倉市材木座

01-1) 浄土宗大本山「天照山蓮華院光明寺」 _ 鎌倉市材木座
総門を潜ってからの、山門(三門:三解脱門)方向遠景
開基:鎌倉幕府第四大執権 北条経時 _ 墓所(供養塔)も当寺院裏の高台
鎌倉三十三観音18番、鎌倉二十四地蔵22番、東国花の寺百ヶ寺 鎌倉2番
HP: https://komyoji-kamakura.or.jp
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01-2) 向かって、山門左方の桜
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