ふだらくじ
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楽しみ方補陀洛寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年12月31日(水) 09時11分39秒
参拝:2024年12月吉日
神奈川県 鎌倉市 材木座1に境内を構える、南向山 帰命院 補陀洛寺(なんこうさん きみょういん ふだらくじ)当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 鎌倉三十三ヶ所観音霊場巡礼にて参拝致しました、親切、丁寧の寺院でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 南向山、院号は 帰命院、寺号は 補陀洛寺、宗旨 宗派は 古義 真言宗、真言宗 大覚寺派、ご本尊は 十一面観世音菩薩、鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第十七番札所(十一面観世音菩薩)創建は養和元年(1181年)源頼朝の祈願所として建立された、元は京都仁和寺末(新編鎌倉志)、後に青蓮寺末(関東古義真言宗本末帳)、現在京都 大覚寺末寺。開山は文覚上人、開基は源頼朝と伝える。のち、鶴岡供僧頼基が中興した。元の本尊は薬師三尊、(薬師如来。日光菩薩、月光菩薩)(新編鎌倉志)他不動明王。始めと終わりが無くなっている勧進帳があって(新編鎌倉志)、これによって開山、開基のことが推定できたらしいがいまはない。頼基は仏乗坊の八代及び十代で、建武三年六月に還補されているから、この寺の鐘(「考古編」鎌倉の古鐘 註・この鐘は現在東慶寺にあり補陀楽寺と銘記されている)ができた観応元年には供僧であったことになる。当寺が頼朝と関係があることは、前述の勧進帳に見えるのを初見とするが、もし「新編鎌倉志」のいうようにこれが頼基の作とすれば、南北朝の頃からそう言われていた事になる。事実、頼朝の供養をここでする事になっていたらしい。(「史料編」1の594)「関東古義真言宗本末帳」にも、補陀洛寺、源頼朝御位牌所、寺内門前屋敷御免とみえている。明治初年の火災で殆ど烏有に帰したが、その時誰も出した覚えがないのに、仏像類は全部無事であったという。大正十二年震災で全壊し、現在の本堂は大正十三年春の建立である
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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