曹洞宗 龍祥山
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楽しみ方勝國寺のお参りの記録一覧

吉良家の菩提寺として、慈愛と厳しさの風雪と共に蒔田の歴史を刻んできた名刹。
龍祥山勝國寺は、館が存在した丘陵の下に位置し、文明十一年(1479年)に吉良左京太夫政忠公の父頼高の供養の為建立したとされる。
開基以前は霊応寺とされていたが、政忠公の開基により勝國寺と改め寺格が昇格した。
実は、蒔田の吉良氏は、吉良上野介の本家筋にあたる家柄。
吉良氏は、三河国幡豆郡(ばずぐん)吉良庄、現在の愛知県西尾市の出自で清和源氏の流れをくむ戦国武将。










ここの寺に行ったのは本当に偶然であった。蒔田にある無量寺から西森稲荷に行こうと自転車を走らせており、遠回りをしてしまったのだった。
伺った日、広い境内では沢山の檀家さんが庭の手入れをされていた。
桜の樹、藤棚、その他。
冬に訪れたのは実に勿体ないと思うほどの植木達であった。
しかも丁寧に手入れされていた。
檀家さんらの菩提寺を想う心が垣間見えるようであった。
さて、このお寺。以前あった蒔田城の下にある。今は蒔田城は青山学院付属小学校の土地にあるのだが。
蒔田城は世田谷城主・吉良成高の子で、北条氏綱の娘婿である吉良頼康の居城です。一般に頼康の築城とされていますが確証はない。頼康は「蒔田殿」と呼ばれ、北条氏が吉良氏を重要視していたことが窺える。1590年(天正18年)に北条氏が滅亡すると吉良氏も所領を失い、廃城となった。当主・吉良氏朝は旧領である世田谷の実相院に篭居しますが、氏朝の子の頼久は徳川家康に仕え、姓を蒔田に改めた。
この城跡の東南麓にある龍祥山勝國寺は吉良氏の菩提寺とされ、4基の五輪塔が「吉良家の供養塔」として横浜市地域史跡に登録されている。
ということで、かなりの歴史ある趣のある寺なのだ。
桜の季節が素晴らしいので、その時にきてください、と多くの檀家さんに言われた。本当に親切な方々だった。
寺で飼われている山羊のまいちゃん。
御朱印には、まいちゃんのハンコも押されている。
可愛い。








境内には豊川稲荷も祀られている。
蒔田地域は、お稲荷様を大切にするのだろうか。すぐ近くの西森稲荷神社もそうであるし、五穀豊穣を願う精神がある。
そして、神仏習合として面白いのだが、豊川稲荷の前で般若心経を唱えるのだ。






過去の参拝履歴からの投稿です。
史跡巡りで参拝しました。
東京世田谷区にある勝國寺さんとは姉妹寺関係なのでしょうか?
世田谷区の世田谷城からここ蒔田に蒔田城に移られた歴史があるようです。
境内は意外に広く、お庭が手入れされていて、昔の代官屋敷的な雰囲気がします。
感謝です☆

全景

本堂

般若心経のクルクル

お稲荷様

お稲荷様

由緒書

お地蔵様

参道・山門

お寺名石碑

由緒書

由緒書

地下鉄蒔田駅から徒歩15分位。曹洞宗寺院。
住宅地の一角に広い寺院でした。
御朱印は庫裏にていただけます。(志納です。)

山門です。
山号は「龍祥山」。

六地蔵です。


一休み、一休み。




本堂です。


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