じょうがんじ|曹洞宗|医王山(醫王山)
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25.12.15。JR京浜東北線「鶴見駅」西口より徒歩3分。横浜市鶴見区豊岡町にある曹洞宗の寺院。
山号 医王山
創建 天正3年(1575)
開山 聲庵守聞大和尚
本尊 釈迦如来
【由来】〜当寺HPより〜
当寺は、貞観7年(852)に天台の薬師如来別当として、慈覚大師御年五十三歳の御彫造とされる本尊薬師三尊像を東海の湾に接し比叡山を髣髴させる鶴見二見台へ安置する為、貞観寺として建立されましたのが始まりと云われております。
その後、天正3年(1575)馬場建功寺第二世聲庵守聞大和尚を御開山とする成願寺として建立された曹洞宗寺院が元和(1615-23)の頃、荒廃していた二見台貞観寺へ移転しました。江戸時代には薬師如来が篤く信仰され、寺領10石の朱印状を付与されており、『新編武蔵風土記』や『江戸時代図誌』にも記述が見られます。
大本山總持寺が能登から移転するに当り、第二十世加藤海應和尚代の明治39年(1906)2月に境内地を移転再建地として献納し、大正元年(1912)現在地の豊岡に移転しました。
JR鶴見駅のごく至近にありながら、山門を潜り境内へ入ると、樹木もあり且つ、小鳥の囀りも聞こえる、都会らしくない静寂さのある良きお寺さんでした。
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🌼成願寺(しょうがんじ)に参拝させて頂きました🙏🌸当寺院は、建功寺二世守聞和尚(元和10年1624年寂)が開山となり、薬師堂の別当寺として天正3年(1575)に創建したといいます。明治39年に、寺地を大本山總持寺移転建設地に献納して、大正元年当地に移転したといいます。
🌺当寺は、貞観7年(852)に天台の薬師如来別当として、慈覚大師御年五十三歳の御彫造とされる本尊薬師三尊像を東海の湾に接し比叡山を髣髴させる鶴見区二見台へ安置する為、貞観寺として建立されましたのがはじまりと云われております。
☘️その後、天正3年(1575)馬場建功寺第二世聲庵守聞大和尚を御開山とする成願寺として建立された曹洞宗寺院が元和(1615~1623)の頃、荒廃していた二見台貞観寺へ移転しました。🪷江戸時代には薬師如来が篤く信仰され、寺領拾石の朱印状を付与されており、「新編武蔵風土記」や「江戸時代図誌」にも記述がみられます。🌺大本山總持寺が能登から移転するに当り、第二十世加藤海應和尚代の明治三十九年二月に境内地を移転再建地として献納し、大正元年現在の豊岡に移転しました。
現本堂は、二見台より移築した本堂の老朽化により昭和十二年に第二十二世廣澤道仙和尚により再建されました。平成二十七年六月に薬師堂、山門と共に第二十五世廣澤道秀和尚によって改修工事をいたしました。
🌸昭和五十一年七月、移転時の建物が老朽化して取り壊されていた薬師堂を、昭和六十二年には、客殿並びに庫裡を第二十四世谷川徹禅和尚によって再建いたしました。薬師堂内には、薬師三尊と眷属の十二神将を安置しております。
🌼山門の仁王像は室町時代、九州竹田の番匠の作と伝えられています。各仏像共、破損を修理して伝承されておりますが、後世に残すべく順次修復をしています。
🍁所在地: 神奈川県横浜市鶴見区豊岡町6-1
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成願寺の情報
| 住所 | 神奈川県横浜市鶴見区豊岡町6-1 |
|---|---|
| 行き方 |
成願寺の基本情報
| 名称 | 成願寺 |
|---|---|
| 読み方 | じょうがんじ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 045-581-7609 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご本尊 | 御本尊ー釈迦如来坐像。 脇侍ー文殊菩薩、普賢菩薩。 薬師堂ー薬師如来坐像。 月光菩薩、日光菩薩。 十二神将。 |
|---|---|
| 山号 | 医王山(醫王山) |
| 宗旨・宗派 | 曹洞宗 |
| 創建時代 | 天正三年(1575) |
| 開山・開基 | 馬場建功寺第二世、聲庵守聞大和尚 |
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