ねのじんじゃ
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21.11.23。先の常照寺さんより京急本線「南太田駅」へ戻り、京急「日ノ出町駅」下車、徒歩4分。
横浜市中区日ノ出町2丁目に鎮座。(ねのじんじゃ)
御祭神:大国主命。
創 建:伝 推古天皇の時代(600年頃)。
社格等:村社。
例大祭:8月21日。
中世の頃より赤門の東福寺が別当として管理して来た。神社の故事は火災等で焼失してしまい、不明ですが、地域に伝わっている事には、当社は昔「里鎮守」・「不入斗宮」と称していた。
文禄3年の時、松平越前守が、神社の霊地保護の為、御本社の四隅に禁制札を掲げ、人の入場を禁じた。
慶応元年(1865年)には、太田村に原村、西中村、上太田地区に祀られていた諸々の神社を合わせて祀ることとなった。明治6年(1873年)7月村社に列せられる。
〜境内掲示板より抜粋〜
日ノ出町・黄金町を中心に6町の鎮守様。特に黄金町は戦後、スラム化した治安の悪いエリアであったが、現在では京急線の高架下にはアートを中心にオシャレな店が集う、横浜の新しい一スポットになっていました。
御朱印は本務社の伊勢山皇大神宮様で拝受できます。(書き置き)

11月に伊勢山皇大神宮参拝した後伺うつもりで御朱印を先にいただき、一方通行の道が複雑で神社まで辿り着けず、やっと年末に伺う事できました。
創建は遠く推古天皇の時代(西暦600年頃)と伝えられる。中世の頃より赤門の東福寺が別当(兼務)として管理して来た。神社の古事や伝記は、たびたびの火災や内戦のため焼失霧散してしまい、その間の事ははっきりしていない。この地域に伝わっている事には、この神社は昔、里鎮守とか不入斗宮と稱していた。文禄三年の時、松平越前守が、神社の霊地保護の為、御本社の四隅に禁制札を掲げ、人の入場を禁じた。享保八年には神社境内地を、東西四十三間(約78m)南北九間(約17m)と改められた。慶応元年(1865年)には、当時の太田村に原村、西中村、上太田地区に祀られていた諸々の神社を合わせて祀ることとなった。明治六年(1873年)七月村社に列せられる。(神祇院)大正四年(1915年)九月境内を拡張し諸般の設備を完成した。大正五年(1916年)十月十三日神饌幣帛料供進社となった。戦後は神社本庁に属す宗教法人となる。 (境内の掲示より)
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