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(芝生)浅間神社ではいただけません
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(しぼう)せんげんじんじゃ

(芝生)浅間神社

神奈川県 平沼橋駅

投稿する
045-311-2891

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
なし

なし

おすすめの投稿

こばけん
2023年10月20日(金)
906投稿

 23.10.18。先の勧行寺より徒歩10分。横浜市西口浅間町1丁目の「袖すり山」と呼ばれる丘の上に鎮座。

主祭神 木花咲耶姫命
合 祀 天照皇大神、武甕槌命

創建年 承暦4年(1080年)

社格等 旧村社

例大祭 6月1日

【御由緒】〜境内掲示より〜
 元神奈川区浅間町に鎮座し浅間町一円の氏神なり、創祀は承暦四年といわれ、源頼朝公文治元年平家討滅に依るべきを思い且つは戦勝奉賛のため関東一円の社寺修築神馬神田の寄進に及ベり、然る処武蔵国橘樹郡神奈川在芝生村に富士山の形状の山地あるを卜とし社殿の修築ををなし、奉賛の至誠を致せる由といふ。爾来九百余年威嚇灼として遠近を光被し万民均しく喝仰崇敬せり。

 私事ですが、社会人スタートより20年程を横浜駅西口にある某社営業所に勤務し、当神社は地域鎮守として良く知っておりながら、参詣したことがなく、懐かしさを込めて今回やっと参った次第です。境内からは「横浜みなとみらい」が望め、正に時代の変遷を感じる参詣でした。

(芝生)浅間神社の御朱印(芝生)浅間神社(神奈川県)

一の鳥居

(芝生)浅間神社(神奈川県)

ニの鳥居

(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)

手水鉢
水は出ていませんでした。

(芝生)浅間神社(神奈川県)

三の鳥居

(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)

狛犬(阿形)

(芝生)浅間神社(神奈川県)

(吽形)

(芝生)浅間神社(神奈川県)

拝殿
昭和34年(1959年)再建。

(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社の建物その他(芝生)浅間神社(神奈川県)

2階建本殿
珍しい浅間造で総本社の「富士山本宮浅間大社」と同じ特殊建築様式。

(芝生)浅間神社(神奈川県)

境内社 招魂社

(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)

境内社 稲荷社

(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)

境内社 小嶽社

(芝生)浅間神社(神奈川県)

天狗像

(芝生)浅間神社(神奈川県)(芝生)浅間神社(神奈川県)

(芝生)浅間神社(神奈川県)

昭和45年(1970年)に「己に勝つ事の出来る子供を育てる」という目的で西区に設立された「誠愛剣友会」を記念したもの。

(芝生)浅間神社(神奈川県)

右:浅間幼育園
左:神楽殿

(芝生)浅間神社(神奈川県)

社務所
書き置きの御朱印を拝受しました。

(芝生)浅間神社(神奈川県)

境内より「横浜みなとみらい」の横浜ランドマークタワーを望む。

(芝生)浅間神社(神奈川県)

裏参道

(芝生)浅間神社(神奈川県)

裏参道の石段
こちらは黒澤明監督の「姿三四郎」のロケ地だったようです。

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歴史

元神奈川区浅間町に鎮座し浅間町一円の氏神なり、創祀は承歴四年(1080)といわれ、源頼朝公文治元年平家討滅に依るべきを思い且つは戦勝奉賽のため関東一円の社寺修築神馬神田の寄進に及べり、然る処武蔵国橘樹群神奈川在芝生村に富士山の形状の山地あるを卜とし社殿の修築をなし、報賽の至誠を致せる由といふ。薾来九百余年威嚇灼として遠近を光被し万民均しく渇仰崇敬せり

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(芝生)浅間神社の基本情報

住所神奈川県横浜市西区浅間町1-19-10
行き方

JR横浜駅より徒歩15分
相鉄線平沼橋駅出口から徒歩約11分
首都高速道路横浜駅西口ICから約700m

アクセスを詳しく見る
名称(芝生)浅間神社
読み方(しぼう)せんげんじんじゃ
通称浅間さま
参拝にかかる時間

15分

参拝料

なし

トイレなし
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号045-311-2891
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《合》天照皇大神,武甕槌命,《主》木花咲耶姫命
創建時代承暦四年(1080)
本殿浅間造
ご由緒

元神奈川区浅間町に鎮座し浅間町一円の氏神なり、創祀は承歴四年(1080)といわれ、源頼朝公文治元年平家討滅に依るべきを思い且つは戦勝奉賽のため関東一円の社寺修築神馬神田の寄進に及べり、然る処武蔵国橘樹群神奈川在芝生村に富士山の形状の山地あるを卜とし社殿の修築をなし、報賽の至誠を致せる由といふ。薾来九百余年威嚇灼として遠近を光被し万民均しく渇仰崇敬せり

体験御朱印

Wikipediaからの引用

概要
浅間神社(せんげんじんじゃ)は神奈川県横浜市西区にある神社。旧・芝生村(しぼうむら、現在の浅間町)の鎮守であった。横穴古墳が密集する袖すり山と呼ばれる丘の上に立地している。
歴史
歴史[編集] 承暦4年(1080年)、源頼朝が浅間神社を勧請して造営されたと伝えられる。 当地は袖ヶ浦(入江)に面した帷子川の河口港として栄え、江戸時代は東海道五十三次の神奈川宿と程ヶ谷宿の間の宿であった。 幕末の横浜開港の際には、当社門前より横浜(現・関内)に到る「横浜道」が整備された。 関東大震災や太平洋戦争で社殿は焼失し、現在の社殿は戦後になって再興されたものである。 1935年(昭和10年)10月、『横浜貿易新報』の読者投票により県下名勝史蹟四十五佳選に選定された[1]。 「芝生(しぼう)」は縁起が悪いため、この神社にちなんで浅間町と改名された。 ^ 百瀬敏夫「1935年神奈...Wikipediaで続きを読む
行事
祭事・年中行事[編集] 例大祭:6月1日(浅間さまのお祭) 露店やお神輿は6月の第1週目の土日
引用元情報浅間神社 (横浜市西区)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%B5%85%E9%96%93%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82%E8%A5%BF%E5%8C%BA%29&oldid=91056169

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