がんでんじ
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楽しみ方岩殿寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月20日(火) 05時43分37秒
参拝:2024年8月吉日
神奈川県 逗子市 久木 に境内を構える、海雲山 岩殿寺(がんでんじ)当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024に 坂東三十三観音霊場にてに参拝致しました、逗子八景 に数えられる日本百観音 の一つ、一時期逗子に滞在した泉鏡花が当寺をしばしば訪れたことでも知られる。寺院対応は観光でも参拝者が多く慣れている割に、親切丁寧で有り難い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 海雲山、寺号は 岩殿寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 十一面観世音菩薩 岩殿観音 日本百観音の一つ、坂東三十三観音霊場 第二番札所、関東百八地蔵尊霊場 第八十九番札所、721年(養老5年)大和国 長谷寺 (奈良県 真言宗 豊山派 大本山 長谷寺)の 徳道上人が、この地に下向した際、十一面観世音菩薩と 熊野権現が顕現し、そのお告げにより社を建てたのが始まりとされ 天台宗の寺院として創建、その後、巡錫の折に同じく奇瑞を得た行基菩薩が、奥の院に安置される 十一面観世音菩薩像を彫った養老五年(721年)をもって開創とされています。徳道上人は鎌倉・長谷寺の開山としても知られていますが、鎌倉・長谷寺の開創は天平八年(736年)ですので、伝承上、岩殿寺の開創はさらに15年遡るという計算になります。
その後平安期には、正歴元年(990)にはNHK大河ドラマ「光る君へ」にも登場する花山法皇が来山して百僧供養法要を営み、続いて承安四年(1174年)には後白河法皇が来山し、坂東三十三観音霊場の二番札所に定めたとのことです。
鎌倉期に入ると源頼朝が毎月欠かさず参詣を重ねるなど、源実朝ら源氏一族の信仰を受け、七堂伽藍を備えるほどの高い寺格を誇っておりました。
安土桃山期には、寺勢は衰微しご本尊すらも失われておりましたが、関東に移封された徳川家康より三浦半島一帯の天領の管理を任され浦賀に陣屋を構えていた代官頭・長谷川長綱の保護により、天正十九年(1591年)には堂領五石が寄進されて境内が整備されました。この頃、長綱の菩提寺である東逗子・海宝院の末寺となり宗旨を真言宗から曹洞宗に改めて、初代・一機俊宗が中興しました。また同時に山号も海前山から海雲山に改めました
その後平安期には、正歴元年(990)にはNHK大河ドラマ「光る君へ」にも登場する花山法皇が来山して百僧供養法要を営み、続いて承安四年(1174年)には後白河法皇が来山し、坂東三十三観音霊場の二番札所に定めたとのことです。
鎌倉期に入ると源頼朝が毎月欠かさず参詣を重ねるなど、源実朝ら源氏一族の信仰を受け、七堂伽藍を備えるほどの高い寺格を誇っておりました。
安土桃山期には、寺勢は衰微しご本尊すらも失われておりましたが、関東に移封された徳川家康より三浦半島一帯の天領の管理を任され浦賀に陣屋を構えていた代官頭・長谷川長綱の保護により、天正十九年(1591年)には堂領五石が寄進されて境内が整備されました。この頃、長綱の菩提寺である東逗子・海宝院の末寺となり宗旨を真言宗から曹洞宗に改めて、初代・一機俊宗が中興しました。また同時に山号も海前山から海雲山に改めました
すてき
投稿者のプロフィール

japan-wel…511投稿
宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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