くりはまてんじんじゃ
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この日はちょっとしたトラブル対応で横須賀に仕事で来たので、道真公に無事に仕事が終わったのでご挨拶させていただきました😊
【由緒】
三浦半島に鎮座する88社の神社のうち、唯一学芸の神、菅原道眞公を主祭神としてお祀りする神社です。 この地は古くは入海【いりうみ】で葦原【あしはら】でした。 久里浜中央部を流れる 内川【うちかわ】 (今の平作川【ひらさくがわ】) 流域一帯に新田開発をするべく、江戸初期に 越前国【えちぜんのくに】 鯖江【さばえ】 出身で大阪にて身を立てた 砂村新左衛門【すなむらしんざえもん】(慶長6年辛丑かのとうし・1601年生誕~寛文7年丁未ひのとひつじ・1667年12月15日満66歳没) が、幕府の許しを得て開拓することになりました。新左衛門は、以前から崇敬していた 摂津国【せっつのくに】 西成郡上福島村天満宮(現在の大阪市福島区鎮座福島天満宮)の 御祭神【ごさいじん】・ 菅原道眞【すがわらのみちざね】の 御分霊【ごぶんれい】を 万治【まんじ】 3年(1660)6月に久里浜村八幡(現在の天神屋敷)に 勧請【かんじょう】 し、新田鎮護の神社としてお祀りしたのが当社の創建です。



年末が近づくこの時期、世間はすっかり年の瀬の空気に包まれています。神社ではしめ縄や門松の準備が進み、初詣を迎えるための支度が着々と整えられていきます。普段は静かな神社の境内も、今だけはどこかそわそわとした空気が漂い、これから訪れる新年に向けて、人の気持ちも場所も、少しずつ切り替わっていくのが感じられます。
そんな年末のある日、私もまたふと足を止めて久里浜天神社の前に立ち、しばらくのあいだ境内を見つめていました。まだ年は明けておらず、参拝客もまばらな時間帯。けれども、その静けさの中に、年の終わりならではの深い空気が流れていました。
この時期になると、自然と一年を振り返る気持ちになります。私にとって、今年は一体どんな一年だったのだろうかと、立ち止まりながら頭の中をゆっくり巡らせてみました。思い通りに進んだことも、確かに少しはありました。タイミングがよく、すんなりと片付いた出来事や、運よく周囲に助けられながら前進できたこともいくつかありました。しかし、全体としては、理想と現実のギャップに悩まされたことのほうが多かったように感じています。
感覚的には、うまくいったことが1に対して、思うように進まなかったことが9くらいの割合だったかもしれません。たとえば、計画だけは綿密に立てていたのに、実際には手つかずのまま終わってしまったこと。始めは意気込んで取り組んだのに、途中で情熱がしぼんでしまったこと。外的な事情によって断念せざるを得なかったこと。それらが積み重なり、後半は「まあ、来年頑張ればいいか」という気持ちで自分を慰めることが増えていきました。
でも、そんな中でも、「とにかく健康でいられたこと」だけは、間違いなく何よりの成果だったと、今しみじみ思っています。多少の風邪や疲れはあったにしても、大きな病気も怪我もせず、一年をここまで乗り越えてこられた。それは決して当たり前ではなく、とてもありがたいことだったと、この年末になって改めて気づかされます。
この一年、あれこれとうまくいかなかったことを思い返すと、どこか自分を責める気持ちにもなってしまいそうになりますが、それでも「健康でいること」こそが、次の挑戦の土台になっているのだと考えると、少しだけ前向きになれます。
あと数日で年が明けますが、私は今この年末の静けさの中で、ただ静かに自分自身を振り返り、「ある程度は頑張ったね」と声をかけるようなつもりで、心を整えているところです。来年のことを考えるのはまだ少し早いかもしれません。今はただ、まだ終わりきっていないこの一年を、丁寧に見つめ直し、感謝と反省とを交えて、心の中でそっと区切りをつけようとしている、そんな時間を過ごしています。
神社の境内に吹く冷たい風が、身に染みてくる夕方。足元の落ち葉が、冬の終わりを告げるかのように乾いた音を立てていました。もうすぐ新しい年がやってきます。その前に、今年一年の自分に「お疲れさまでした」と伝えたい気持ちでいっぱいです。
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平成としては最後の年の暮れ。久里浜天神社の境内に掲げられた懸垂幕を目にし、改元の時が間近に迫っているという実感が、ひときわ強く胸に迫りました。
陛下は、私の父と同じく昭和8年のお生まれでいらっしゃいます。父が生前であったころは、そのご年齢の一致について深く思いを致すこともありませんでした。しかし、平成の御代が終わろうとしている今、テレビや新聞でお姿を拝見するたびに、ふと父のことを思い出し、「もしも父が今も存命であれば、どのような晩年を過ごしていただろうか」と想像を巡らせるようになりました。
陛下がこれまで国民と共に歩まれてきたお姿、そしてお優しいまなざしに触れるたび、自然と頭が下がる思いがいたします。どうか、これからもお健やかに、末永くお過ごしになられますよう、心よりお祈り申し上げます。
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童謡『雪(雪やこんこ)』の中では、犬と猫が雪に対して見せる反応の違いが象徴的に描かれている。犬は喜び庭を駆け回り、猫はこたつで丸くなる――この対比から言えば、普段の自分はどちらかといえば猫派だ。寒さには弱く、外出よりも室内のぬくもりを好むタイプだと自認している。
ところが、この日ばかりは少し違っていた。窓の外に広がる雪景色を目にしているうちに、いつしか犬派に心が傾いていた。というより、正確には、降りしきる雪の非日常感に心が動かされたのだ。雪の中を歩く機会など、そうあるものではない。その物珍しさが先に立ち、居ても立ってもいられず、思わず外に出てしまったというのが正直なところである。
雪は止む気配もなく、空からは絶え間なく白い結晶が舞い続けていた。ほんの数分前に誰かが雪かきをしていたとしても、その努力をあざ笑うかのように、たちまち道は元通りに白く覆われてしまう。そんな中、足を踏み出すたびに、雪を蹴り上げるような感覚を覚えながら進んで行った。
向かった先は、久里浜天神社。雪の中、静けさをたたえながらその姿を現す境内は、やはり予想どおり一面の銀世界となっていた。社殿の屋根にも、参道の石畳にも、境内の植え込みにも、等しく雪が積もっており、そこだけ時間が止まったような、幻想的な雰囲気が漂っていた。
そんな中で、ふと目に留まったのが、先に参拝を済ませた誰かの足跡だった。この天候、この時間帯に、わざわざ足を運ぶ人が他にもいるのか――と他人事のように驚き、感心する自分がいる。しかし同時に、その「奇特な誰か」とは他でもない、自分自身なのではないかと内心で苦笑する。極めて個人的な行動でありながら、まるで自分を客観的に観察するかのような、不思議な心持ちであった。
足元を確かめながらゆっくりと進み、社殿に手を合わせる。雪が深々と降る音のない世界で、ただ自分の吐く息だけが白く立ちのぼる。そんな中で、自分自身の足跡をしっかりと残して参拝を終えた。たったそれだけの出来事ではあるけれど、雪という非日常がそれを特別な記憶に変えてくれた。
この日の参拝は、いつものそれとは少し違う、印象深いものとなった。普段なら猫のようにこたつに籠もっていたであろう自分が、犬のように雪の中へ飛び出した――そのちょっとした逸脱が、妙に愛おしく感じられる。きっとこの日を思い出すたびに、雪と、自分の足跡と、そして久里浜天神社の静けさが、心の中にくっきりと浮かぶことだろう。
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午後5時を少し前にして、久しぶりに軽いジョギングを始めました。少し冷たい風が吹き抜けるものの、日中の陽気がまだ地面に残っていて、春の兆しを肌で感じるような、そんな夕方でした。空にはまだ西陽がうっすらと残り、ごく柔らかな光が町を包んでいました。
最初に足を向けたのは、京急久里浜駅のほど近くに鎮座する久里浜天神社でした。車通り沿いにありながら、鳥居をくぐると空気が一変し静謐な空間に包まれます。三浦半島で唯一の天満宮ともあって、学問の神様・菅原道真公を信仰する方々にとっては、特別な意味を持つ神社なのだと思います。
ちょうど国公立大学の後期試験日なので、ほとんどの受験生が試験日程を終えたかまさに大詰めを迎えている時期。去年は地震で受験どころではなかった人も大勢いるのだろうと思うとことばがありません。
絵馬掛けには、ややもすると悲痛なまでの叫びといった文字が並び、願いの数だけの物語がそこに静かに掛けられていました。中には、合格発表を終えてお礼参りに来たと思しき絵馬も見受けられ、「感謝」と大きく書かれたものが目に留まりました。結果が出そろい、喜びに満ちた家庭もあれば、悔しさや落胆に包まれた場所もあることでしょう。まさに、悲喜こもごも。絵馬一つ一つから、受験という大きな節目に向き合った人々の気持ちが静かに伝わってくるようでした。
神社の敷地を後にする頃、夕暮れは少しずつ濃くなり灯りがともる時間帯へと差しかかっていました。受験という人生の節目を終え、新たなスタートを切る人々の姿を思いながら、私は初春にはちょっと早いかもしれませんが、その空気を胸いっぱいに吸い込みゆっくりと走り出しました。
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