こうちょうじ|曹洞宗|栖龍山(せいりゅうざん)
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楽しみ方高長寺のお参りの記録一覧

小田原北条時代に創建された「高源院」と「長吉寺」が明治33年(1900)に合併し、両寺号の頭文字をとり『高長寺』と称し創建されました。墓地には明治の文豪『北村透谷』、文政の曽我兄弟といわれた仇討ち『浅田兄弟』の墓があります。
境内には地蔵堂があり、合併前の高源院にあったことが風土記稿から伺えます。
境内ご由緒には『北条氏綱の娘・崎姫(山木大方)の歴史を秘めた寺』とあります。この山木大方は、先に投稿した香沼姫の母上になります。
山木大方は、今川一族の堀越六郎に嫁ぎ、嫡子・貞朝(後の吉良氏朝)と香沼姫に恵まれました。夫亡きあとは、伊豆国山木郷に居住し、夫の菩提を弔うため正覚院(修禅寺奥の院)を菩提寺とし、兄氏康に嘆願して寺領を寄進しています。
高源院も当初は伊豆にありましたが、小田原で再建されたとあります。
レンタサイクルスタッフさんに香沼姫についてお伺いしたところ、ここ高長寺が縁のある寺院だと教えて下さりお参りしました。










『白木蓮』



『地蔵堂』




正式名:栖龍山高長寺
神奈川県小田原市にある曹洞宗の寺院。
「栖龍山高源院」と「萬寧山長吉寺」とが明治33年に合併し、両寺号の頭文字をとり「栖龍山高長寺」と号している。
当寺には北条氏綱の娘・崎姫(山木御大方)の歴史を秘めた寺として、また江戸時代最後の幕府公許の仇討として文政の曽我兄弟とまで言われた浅田兄弟の墓、そして日本近代文学に大きな業績を残した小田原が生んだ文学者・北村透谷の墓のある寺として有名である。
境内にある白木蓮の大木は花期になると見事に咲き誇り、近郷近在から見物に来る人で賑わう。またこの白木蓮は小田原市の指定天然記念物となっており、市の観光スポットになっている。






















大好きな北村透谷のお墓参りに来ました。
それだけが目当てだったのですが、なんと!境内は撮り鉄にはたまらない撮影場所でした。
新幹線、JR、小田急線、伊豆箱根鉄道と目の前を通ります。
https://www.instagram.com/reel/Cigqi3RuUmE/?utm_source=ig_web_copy_link
https://www.instagram.com/reel/Cigq6UlPyF9/?utm_source=ig_web_copy_link
そして、境内にいたのは人懐っこい猫。
住職さんの自宅前に猫の小屋がありました。
猫好きと鉄道ファンなら、ずっといても飽きない場所です。
尚、子孫が途絶えた?無縁墓となった墓石の固まりもあり、これからを考える機会ともなりました。



無縁墓の固まり。一応、個人名はわからないように撮影しました。


北村透谷のお墓です。クリスチャンですが、芝公園の自宅庭で首吊り自殺。元は、東京のお寺に墓がありましたが、故郷の小田原に移されました。




御堂の前で出迎えてくれました。
まさに、招き猫です。

私の足にスリスリ。



22.06.26。先の大稲荷神社の付近にある曹洞宗寺院。小田原北条時代に創立された高源院と長吉寺が明治33年(1900)合併した時、両寺号の頭文字をとり高長寺と称した。この寺には北条氏綱の娘・崎姫(山木御大方)の歴史を秘めた寺として、又江戸時代最後の幕府公許の仇討として、文政の曽我兄弟とまで言われた浅田兄弟の墓、小田原の生んだ文学者・北村透谷の墓がある寺として有名である。〜境内掲示より〜
山号 栖龍山(せいりゅうざん)
本尊 釈迦牟尼仏
当寺はかつて、ハクモクレンが有名であったようですが、枯れ木となってしまい平成26年に伐採されたとの由です。今は本堂前に枝垂れ桜があり春には見応えがありそうです。

「不許葷酒入山門」

寺号標

山門遠景

山門

参道

本堂


地蔵堂


地蔵堂前に

享保の銘があります。

六地蔵尊

寺務所・庫裡方向
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