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りゅうげんいん|曹洞宗水上山

龍源院のお参りの記録一覧
神奈川県 座間駅

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きどっち
きどっち
2026年02月27日(金)1547投稿

曹洞宗  水上山 龍源院

相模七福神 弁財天

まず最初に龍源院さんの正面に立ったときに思ったのが、壁がなくて広い!
お寺はちょっと入り辛いなと思うところもあるのですが、こちらはものすごく開かれた感じで、ちょっとお参りしてみようかなと思う方にはお勧めかもしれません。

まず入り口横には六地蔵様がお出迎え。
とてもお優しいお顔をされていて、思わず手を合わせてしまいます。
そして本堂へと進む途中、左側からなにやら視線を感じるのでそちらを向くと、菩提達磨大和尚像がこちらを向いて立っていました。
本堂は比較的新しい感じでしたが、とても大きく立派なものでした。

参拝後、本堂の左奥を見ると朱色の鳥居が連なっているのが見えたので、これは参拝しないわけにはいかないですよね。
こちらは豊川稲荷ということで、しっかりとお参りしたのち、鳥居から出てくると今度は本堂裏手が目に飛び込んできます。
庫裏への渡り廊下の向こうにまだ何かありそうだなと思ってそちらへ進んでいくと、「辨財天 参道」の看板発見です。
そちらへ進んでいくと途中で川というか水路の中に不動明王像があり、さらに奥へと進むと突き当りにブロックを積み上げた祠がありました。
中には人頭蛇身の宇賀神がいらっしゃいました。

すべて参拝後、御朱印をいただきたかったのですが寺務所はご不在だったようで、今回はご縁が無かったようです。

<御本尊>
  阿弥陀如来

<縁起>
この寺の縁起は寛正2(1461)年に建立され、かつては入谷丸山下(現在の富士山公園の西側)にあり、山梨県上野原の報福寺末と伝えられるが、戦火により焼失すること数回、寛永3(1626)年、厚木市三田の清源院八世・格雲守存を請して開山となし、清源院の末寺となった。
二世実州は堂宇を改築し、更にある夜夢枕にたった白蛇のお告げにより、財宝・五穀豊穣を祈念して弁財天を造立し多くの信仰を得今日に至っている。
また伝説によれば、この寺の開基は渋谷高間という鎌倉初期の豪族渋谷氏の末流であったという。
高間は先妻との間の子小桜姫と後妻とその間の子小柳姫を残したまま、山梨県上野原の報福寺で出家し諸国巡礼に出てしまった。 残された後妻のお松は、吾が子小柳姫に家を継がせようと考え、小桜姫を殺して桜田(座間高校付近)の沼に埋めてしまった。
ところが小桜姫と仲の良かった小柳姫は、悲歎・絶望のあまり自分も桜田の沼田に身を投げて自殺してしまった。
事は村人に知れ渡り、お松は捕らえられ相模川の堤防の補強のため、死刑の代りに人柱として生き埋めにされてしまった。
やがて巡礼から戻った高間は、留守中に最愛の妻子が三人ともあわれな死をとげたことを知り、自分の家と屋敷を寺とし、三人の成仏と自己の滅罪とを祈った。
これがこの龍源院のはじまりであるという。

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クマじぃ
クマじぃ
2024年09月12日(木)1724投稿

過去におまいりに伺って来ました。

龍源院の御朱印

過去に伺って頂いた直書きの御朱印になります。

龍源院の御朱印

過去に伺って頂いた直書きの御朱印になります。

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