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鈴鹿明神社のお参りの記録一覧
公式神奈川県 座間駅

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ひなぎく
ひなぎく
2025年08月02日(土)874投稿

鈴鹿明神社の例大祭に少しだけお邪魔してきました。仕事が残業になってしまい無理かなと思ってたけど、なんとか間に合いました💦
ちょうど御神輿が神社に戻ってきたタイミングで、祭りの熱気にテンションあがりました😊🎶

鈴鹿さんの例大祭は、昔は6月7日〜14日でしたが、明治9年(1867)に8月1日としたと皇国地誌に記載があります。現在は7月31日に宵宮祭、8月1日に例大祭となっていて、明治の頃より変わらず催行されています。8月1日は八朔といって、農家では田植えを終えて休業し神に稲の豊作を祈願する祭りの日なのだといいます。

また、鈴鹿明神の祭礼は明治初年まで『イガスリ祭』と呼ばれていました。このことから、大阪市の坐摩神社か、皇居に祀られる坐摩の神に関係のある者が鈴鹿明神社の前身を創始したとも考えられるそうです。

あるいは「鈴鹿」とは泉の多い土地に名付けられ、神社付近には泉や湧水が多くそれらは重要な水源でした。古代、泉は井戸であったことから、井戸の神、土地の守り神、即ち坐摩の神として鎮座の年代を伝えないくらい古くから祭祀があったのではとも考えられるそうです。

これは、鈴鹿明神社の祭礼がイガスリ祭と呼ばれていたことから、坐摩から座間になったという地名由来の「異説」なのですが、大変興味深い話だと思いました。

(参考)
座間むかしむかし合本集

鈴鹿明神社(神奈川県)

神社横の道路にも屋台がたくさん並んでました。

鈴鹿明神社(神奈川県)
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ひなぎく
ひなぎく
2025年05月18日(日)874投稿

鈴鹿明神社は座間郷の総鎮守になります。

欽明天皇の御代、伊勢国鈴鹿明神の神輿が海上を渡御されていた折、にわかの嵐にあい流れ流れて、当時入海だった当地に漂着し里人が祀ったのが始まりといいます。

この漂着した神輿の中には、宝剣や宝玉その他いろいろな宝物が納めてありました。

そのころ、座間七ヶ村の1つ、勝坂というところに住んでいた「有鹿」という蛇身の神が、鈴鹿の宝玉を盗ろうと思い鈴鹿の森に絡まり機会を狙っていました。
鈴鹿の社内にいた諏訪明神と弁財天がこれを追い出し、南の谷の深(やのふけ)という所で、三神がそれぞれ大蛇の姿となって戦いました。有鹿神は敵わなくなり、相模川に逃げのび海老名に上がってそこに留まりました。村人は有鹿大明神として勧請し、海老名総鎮守としました。

これまで寒川神社に関連する寺社を巡ってきましたが、寒川神社を深堀りするうえで、有鹿神社は外せないと聞きました。あれ?じゃあその有鹿神社と関わっている鈴鹿さんも重要なんじゃ…と。

このお話は結構前から知っていたのですが、知識が増えた今、改めて見ると気になる所が多すぎます(いい意味で)
少しずつ紐解いて行けたらいいな…

(参考)
・座間古説

鈴鹿明神社(神奈川県)

4月のお参り🙏17時を過ぎてしまったので御朱印はいただけずでした😭桜がまだ残っていて、お花見にお参りされている方もいらっしゃいました。

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