しょうげんじ|臨済宗大徳寺派|放光山
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放光山正眼寺は、旧東海道沿いにある臨済宗大徳寺派の寺院で、ご本尊は薬師如来になります。本堂の裏山には"曽我仇討"で有名な曽我兄弟の菩薩供養のために建立された「曽我堂」があります。
正眼寺は、鎌倉時代初めの箱根山を中心とした地蔵信仰に由縁し、湯本に建立された「放光堂」と呼ばれる地蔵堂の別当坊として創建されました。当時は密教系の寺院で勝源寺と宛てていました。
戦国時代に一時衰退しましたが、江戸時代の初め、江戸深川の材木商冬木屋の援助と、小田原城主大久保氏により境内地と地蔵田が安堵され再興しました。再興開山に、早雲寺17世菊径宗存を招請し、臨済宗大徳寺派に属す禅寺になりました。東海道を旅する人達の信仰で賑わったといいます。
しかし、慶応4年の戊辰戦争時「山崎の戦い」において敗走する佐幕派の遊撃隊に放火され、地蔵堂、曽我堂ともに焼失してしまいました。幸い、曽我堂の地蔵尊は難を逃れたといいます。現在の本堂は、湯本湯場にあった今村繁三(今村銀行頭取)の別荘を移築したものになります。
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【完成】大本山 正眼寺(しょうげんじ)神奈川県足柄下郡箱根町湯本562
本尊 薬師、(長一尺五寸餘、運慶作)..
境内に大きく枝を張る枝垂れ桜があります。.
・湯本地蔵堂の別当を勤めていた勝源寺(創建年代不詳)を起源
・仇討ちで有名な曽我兄弟を弔う曽我堂も地蔵堂の側にあります
石造大地蔵
小田原城種稲葉氏の菩提寺、長興山紹太寺から、慶應四年(一八六八)焼失した当寺の地蔵菩薩像の身代わりとして招聘された。
勝源寺燈籠
室町時代応永四年(一三九七)の在銘のあるこの地方最古の石灯籠。
芭蕉翁句碑
土地の俳人が建立した「山路来てなにやらゆかし薫草」の追悼句碑。

【完成】大本山 正眼寺(しょうげんじ)臨済宗大徳寺派..神奈川県足柄下郡箱根町湯本562
大きな石造大地蔵さん
小田原城種稲葉氏の菩提寺、長興山紹太寺から、慶應四年(1868年)焼失した当寺の地蔵菩薩像の身代わりとして招聘された。
左に、この地方最古の勝源寺燈籠さんも
室町時代応永四年(1397年)の在銘のある石灯籠

箱根の湯本の正眼寺に咲いた花? (6月)
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