なんしゅうじんじゃ
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楽しみ方南洲神社のお参りの記録一覧
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ナビの案内で又変な場所に案内されて、ぐるぐる迷い、何とか上り口を見つけて駐車場に辿り着きました。鹿児島では絶対参拝したかった神社の一つです。今なお人気のある「西郷さん」をはじめ西郷方の西南戦争での戦死者が祀られています。隣にはそれらの方々を埋葬した南洲墓地があるので、天気が良かったったらお参りもしたかったのですが、通路は水たまりで歩くのもままなりません。この神社の凄いところは、西郷隆盛の偉徳を敬崇してその墓に参る者が年々増加したことにより、参拝所が設けられたことが始まりという点です。この点から西郷隆盛という人物は人間的に魅力のある方だったのだなと感じてしまいます。そのまま政府に留まり、明治を生き抜いていたらどんな日本があったのだろうか?他地域にも南洲神社はありますが、その中で山形県酒田市のそれは、戊辰戦争の際の寛大公正な扱いによる縁だとか。そういえば、もう一人の薩摩の偉人、大久保利通を祀った神社はないのか調べると、郡山に大久保神社というのがありましたが、社殿等はなく顕彰碑があるだけだとか。なんだか寂しいですね。
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桜島を見渡せる高台にある南洲神社。
御祭神 西郷隆盛命
西郷さんは南洲翁とも呼ばれていることから、南洲神社なんですね。
鳥居をくぐると一面お墓で南洲墓地となっています。
この南洲墓地には西郷隆盛さんをはじめ、西南戦争に敗れた薩軍2023名の将兵が眠っています。
神社に参拝というより、西郷さんのお墓参りに来たという感じでしょうか。
<ご由緒>~鹿児島県神社庁HPより~
明治十年九月二十四日、城山の陥落によって西南の役は終結したが、戦後まもなく、南洲翁をはじめ戦没者の英霊を祀るべき祠を建てようという議が高まり、同十三年一月一日に至って神社の前身である参拝所が出来上がった。大正二年十月に社殿が竣工、当時はこれを南洲祠堂と呼んでいたが、大正十一年六月に南洲神社という社号が許された。次いで昭和二年九月には桐野利秋以下諸将士を祀る摂社が建てられ、同年十月には神社五十年祭が行われた。
昭和二十年七月三十一日戦災に遭い、本社、摂社、社務所等ことごとく炎上した。その後同二十五年九月、まず仮殿、社務所が復興したが、同二十七年には神社七十五年祭を執行、その奉賛会の事業で同三十二年九月に本殿が再建された。また、昭和四十四年四月に社務所が完工、さらに明治維新百年祭記念に計画した拝殿も同四十五年十二月に完工、これによって戦災復興事業をほぼ完了した。



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