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さぬきこくぶんじ|真言宗御室派白牛山(はくぎゅうざん)

讃岐國分寺
公式香川県 国分駅

7:00~17:00
(入山は16:50まで)

最新のお知らせ

NHK高松放送局『ゆう6かがわ』にて大日如来像再現プロジェクトが報道されました

NHK高松放送局の夕方のニュース番組『ゆう6かがわ』にて、当山がご支援者の皆様とともに取り組んでいる「空海の大日如来像再現プロジェクト」について、特集ニュースで報道していただきました。

こちらのNHK高松放送局のサイトにて全国の方がご覧いただけますとともに、画像と文章でも詳しく説明が掲載されております。なお、仏像の顔だけが黒いのはまだ制作中で、金箔を貼っていない漆塗りの状態だからです。今後、顔にも金箔を貼り金色になります。

https://www.nhk.or.jp/takamatsu/report/article/20230419/index.html

2013年5月に彫刻家の大森暁生先生に初めてお会いして依頼をご快諾いただき、それから大森先生は構想を練りつつ、仏像用に最高の材木を大量に集め始めました。10年前の当時でもすでに今回の造仏に適した国産ヒノキの大きな材というのは滅多になく、大森先生から「近来稀に見る最高の材木が手に入った」と聞き、私も喜んだことを覚えております。

以来、当山では参拝客に対して口頭での勧進を続けながら、東京の工房ではひたすら制作を続けてまいったわけですが、その間、さまざまなことがありました。中でもとりわけ、新型コロナウイルスによる影響は大きく、参拝客が激減し、勧進もできなくなってしまいました。そこで、クラウドファンディングに挑戦し、大勢の方からご支援いただくことで、ようやく、今日の完成目前のところまで来ることができました。ひとえに、このプロジェクトにご賛同いただき、ご支援いただいた皆様のおかげと、心より感謝申し上げます。まことに、ありがとうございます。

この仏像は、これまでに誰も見たことがないような美しさと神秘性を兼ね備えたものであり、参拝者の心を打つこと間違いありません。しかし、この仏像を輝かせるためには、お堂の改修が必要不可欠です。そこで、現在、当山では改修工事の方を着々と進めているところですが、計画の長期化と最近の建築資材の高騰により想定を大きく上回る工事費用が必要となり、皆様からのご支援を募っております。寄せられたご支援は、完成までの仏像造りとお堂の改修に充てさせて頂き、ご支援いただくことで素晴らしい仏像を多くの人に拝観していただくために貢献することになります。

6/3~7/9は横浜そごう美術館、7/22~8/16は富山県氷見市芸術文化館にて、それぞれ大森暁生先生の特別展があり、今回の大日如来像再現プロジェクトの展示コーナーが設けられます。この機会にぜひご高覧賜れば幸いです。それとともに、6月から8月までの3か月間、本プロジェクトの最終クラウドファンディングを開催する予定です。完成と公開までには、まだまだ多くの方からのご支援を必要としております。本年10月に予定している公開まで、引き続き温かいご支援とご協力を何卒よろしくお願いいたします。

合掌 南無大師遍照金剛
讃岐国分寺住職 大塚純司九拝

讃岐國分寺(香川県)
讃岐國分寺(香川県)
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御朱印について
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駐車場
あり

山門前 約20台(無料)
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巡礼

四国八十八ヶ所霊場(お遍路)
四国八十八箇所80番
さぬき七福神弁才天(ご朱印あり)

ご利益

讃岐國分寺について

四国で唯一の国指定の特別史跡。1300年前の創建寺の金堂と七重の塔の礎石が残る。史跡公園が隣接し、出土遺物を展示する讃岐国分寺跡史料館(市営)も隣接。

歴史

奈良時代の創建当時の遺構をよく残した寺で、旧境内の全域が四国で唯一の国の特別史蹟。本堂は、前面と背面に桟唐戸のある鎌倉中期に再建されたものです。また境内地の中心部には創建当時の本堂の礎石・33個が点々と配置されていて、現在の唐招提寺の金堂に匹敵する規模です。また、山門を入ってすぐ右手には七重の塔の礎石も残り、現存すれば京都・東寺の五重塔を超す大塔だったと推定されます。寺の創建は聖武天皇の時代。勅命を受けた行基菩薩がの開基した讃岐の国の国分寺です。その後、弘仁年間(810〜823)に弘法大師が本尊千手観音像を修理し、霊場に定めますが、「天正の兵火」で堂塔のほとんどを焼失。鎌倉時代には西大寺の末寺であったとする記録があり、その頃、現在の本堂が建てられ、その後、高松藩主・生駒氏や松平氏のひ護を受け、今に至ります。
また、この寺で有名なのは四国最古の梵鐘(ぼんしょう)大蛇がかぶっていたという伝説とともに次のような実話があります。江戸初期の藩主・生駒一正公は、当時この鐘を高松城の鐘にしようと、田1町(ちょう)と引き換えに手に入れます。ところが、城へ運ぼうとすると思ったより異様に、大勢の人馬を必要としました。しかも、城についた途端音がならず、おまけに城下では悪病が流行。そして、自身も病に倒れた 一正公の枕元に毎夜鐘が現れ「もとの国分へいぬ(帰りたい)」と泣くのです。そこで結局、鐘は国分寺へ返すことに。城に運んだ時と違い、今度はなぜか少人数でも軽々と運べた上、鐘が国分寺へ戻った途端悪病は治まり、再び美しい音色を聞かせるようになったという伝説が残っています。

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讃岐國分寺の基本情報

住所香川県高松市国分寺町国分2065
行き方

国分駅より徒歩4分(0.3km)
79【天皇寺】より
(自家用車)約15分 約7km
(徒歩)約1時間30分 約6.3km
81【白峯寺】より
(自家用車)約30分 約14km
(徒歩)約2時間 約6.7km
高松空港より車で25分
大阪神戸から当寺すぐそばまで直通バス有り(社名:フットバス)

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名称讃岐國分寺
読み方さぬきこくぶんじ
通称四国80番札所
参拝時間

7:00~17:00
(入山は16:50まで)

参拝にかかる時間

30分

参拝料

なし

トイレ大師堂への門を入ってすぐ右側
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号087-874-0033
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://sanukikokubunji.jp/
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詳細情報

ご本尊十一面千手観世音菩薩(像高5.7m、四国最大の一木造りの仏像、国の重要文化財)
この観音様に願い事をすれば、「叶わぬということなし」と
江戸時代の文献に記されるほどの御利益がある。
山号白牛山(はくぎゅうざん)
院号千手院(せんじゅいん)
宗旨・宗派真言宗御室派
創建時代天平13年(741)
開山・開基行基
本堂単層本瓦葺屋根入母屋造り
札所など

四国八十八箇所80番
さぬき七福神弁才天(ご朱印あり)

文化財

本堂、木造千手観音立像、銅鐘(重要文化財)
讃岐国分寺跡(国の特別史跡)

ご由緒

奈良時代の創建当時の遺構をよく残した寺で、旧境内の全域が四国で唯一の国の特別史蹟。本堂は、前面と背面に桟唐戸のある鎌倉中期に再建されたものです。また境内地の中心部には創建当時の本堂の礎石・33個が点々と配置されていて、現在の唐招提寺の金堂に匹敵する規模です。また、山門を入ってすぐ右手には七重の塔の礎石も残り、現存すれば京都・東寺の五重塔を超す大塔だったと推定されます。寺の創建は聖武天皇の時代。勅命を受けた行基菩薩がの開基した讃岐の国の国分寺です。その後、弘仁年間(810〜823)に弘法大師が本尊千手観音像を修理し、霊場に定めますが、「天正の兵火」で堂塔のほとんどを焼失。鎌倉時代には西大寺の末寺であったとする記録があり、その頃、現在の本堂が建てられ、その後、高松藩主・生駒氏や松平氏のひ護を受け、今に至ります。
また、この寺で有名なのは四国最古の梵鐘(ぼんしょう)大蛇がかぶっていたという伝説とともに次のような実話があります。江戸初期の藩主・生駒一正公は、当時この鐘を高松城の鐘にしようと、田1町(ちょう)と引き換えに手に入れます。ところが、城へ運ぼうとすると思ったより異様に、大勢の人馬を必要としました。しかも、城についた途端音がならず、おまけに城下では悪病が流行。そして、自身も病に倒れた 一正公の枕元に毎夜鐘が現れ「もとの国分へいぬ(帰りたい)」と泣くのです。そこで結局、鐘は国分寺へ返すことに。城に運んだ時と違い、今度はなぜか少人数でも軽々と運べた上、鐘が国分寺へ戻った途端悪病は治まり、再び美しい音色を聞かせるようになったという伝説が残っています。

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