御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方
【サポーター特典】幸せと健康を毎月ご祈願
100年後に神社お寺を残せる未来へ

やくりじ|真言宗大覚寺派五剣山(ごけんざん)

八栗寺
香川県 六万寺駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

八栗登山口駅前 普通車 250台、マイクロバス10台、大型車10台(無料)

巡礼

その他の巡礼の情報

四国八十八箇所85番

おすすめの投稿

くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年07月13日(日) 01時49分52秒
3052投稿

新規登録投稿のルール違反をしておりましたので、修正して再投稿させていただきます。(恥)元投稿は削除して報告します。

中将坊大権現(八栗寺境内社)
本堂奥に中将坊堂があることを知り 奥に進むと鳥居がありました。
さぬき三大天狗「中将坊大権現」とあるではないですか。
石段を徒歩5分・・・痛めている膝がもつかどうか・・・せっかくやいってまえ!
良かったです。立派な拝殿でお参りできました。
さらに奥に何か建物があったような形跡があり 狛犬も2対いるのですが 何があったかまったく分かりませんでした。
上りは大丈夫なんですよ。でもお参りした後がきつい。
よちよち歩きの子供みたいにゆっくり下りてきました。
ウィキペディアには
八栗寺本堂の向って左の鳥居(扁額は中将坊)をくぐり石段を上がるとあり 讃岐三大天狗の中将坊大権現を祀っていて 八栗寺はここを奥の院としています。
毎月1日と16日午前5時半から30分程の勤行と加持があり その間だけ開帳があるそうです。
とありました。

八栗寺(香川県)

八栗寺山門

八栗寺(香川県)

八栗寺境内の様子 奥に本堂

八栗寺(香川県)

一の鳥居

八栗寺(香川県)

二の鳥居

八栗寺(香川県)

風車がかわいらしいお地蔵様

八栗寺(香川県)

三の鳥居

八栗寺(香川県)

拝所が見えてきました

八栗寺(香川県)

天狗のお面がありました

八栗寺(香川県)

内陣

八栗寺(香川県)
八栗寺(香川県)

脇にも鳥居があり

八栗寺(香川県)

何か建物があったようですが

八栗寺(香川県)

さっぱり分かりません

もっと読む
投稿をもっと見る|
46

歴史

屋島の東、源平の古戦場を挟み標高375mの五剣山があります。地上から剣を突き上げたような神秘的な山です。八栗寺はその8合目にあり、多くの遍路さんはケーブルカーで登られます。 天長6年、大師がこの山に登り求聞寺法を修めた時に、五振りの剣が天振り注ぎ、山の鎮守蔵王権現が現れました。そして「この山は仏教相応の霊地なり」と告げられたので、大師はそれらの剣を山中に埋め鎮護とし大日如来像を刻み五剣山と名付けられました。
五剣山の頂上からは、讃岐、阿波、備前など四方八国が見渡すことができたので、もともと八国寺という寺名でした。 延暦年中、師は唐に留学する前に、再度この山に登りました。そして入唐求法の成否を占うために8個の焼き栗を植えられました。無事帰国し、再び訪れると、芽の出るはずない焼き栗が芽吹いていました。これが八国寺を八栗寺へ改名した由来です。この寺も長宗我部元親による八栗攻略の兵火により全焼しました。しかし、江戸時代に無辺上人が本堂(三間四面)、さらに高松藩主松平頼重が現在の本堂を再興、弘法大師作の聖観自在菩薩を本尊として安置し、観自在院と称するようになりました。五剣山は、宝永3年(1706)に、大地震を遭い、昔は五つの嶺のうち、東の一嶺が中腹より崩壊し、現在の姿になりました。

歴史をもっと見る|
1

八栗寺の基本情報

住所

香川県高松市牟礼町牟礼3416

行き方

84【屋島寺】より
(自家用車)約15分 約8km
(徒歩)約3時間 約7.2km
86【志度寺】より
(自家用車)約15分 約7km
(徒歩)約2時間 約6.5km

アクセスを詳しく見る
名称

八栗寺

読み方

やくりじ

参拝時間

納経所/7:00~17:00

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号087-845-9603
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://yakuriji.jp/
SNS

巡礼の詳細情報

四国八十八ヶ所霊場(お遍路)

詳細情報

ご本尊聖観世音菩薩
山号

五剣山(ごけんざん)

院号

観自在院(かんじざいいん)

宗旨・宗派真言宗大覚寺派
創建時代

天長6年(829)

開山・開基

弘法大師

文化財

八栗寺のイチョウ(香川の保存木)

ご由緒

屋島の東、源平の古戦場を挟み標高375mの五剣山があります。地上から剣を突き上げたような神秘的な山です。八栗寺はその8合目にあり、多くの遍路さんはケーブルカーで登られます。 天長6年、大師がこの山に登り求聞寺法を修めた時に、五振りの剣が天振り注ぎ、山の鎮守蔵王権現が現れました。そして「この山は仏教相応の霊地なり」と告げられたので、大師はそれらの剣を山中に埋め鎮護とし大日如来像を刻み五剣山と名付けられました。
五剣山の頂上からは、讃岐、阿波、備前など四方八国が見渡すことができたので、もともと八国寺という寺名でした。 延暦年中、師は唐に留学する前に、再度この山に登りました。そして入唐求法の成否を占うために8個の焼き栗を植えられました。無事帰国し、再び訪れると、芽の出るはずない焼き栗が芽吹いていました。これが八国寺を八栗寺へ改名した由来です。この寺も長宗我部元親による八栗攻略の兵火により全焼しました。しかし、江戸時代に無辺上人が本堂(三間四面)、さらに高松藩主松平頼重が現在の本堂を再興、弘法大師作の聖観自在菩薩を本尊として安置し、観自在院と称するようになりました。五剣山は、宝永3年(1706)に、大地震を遭い、昔は五つの嶺のうち、東の一嶺が中腹より崩壊し、現在の姿になりました。

体験祈祷御朱印札所・七福神巡り
「みんなでつくる御朱印・神社お寺の検索サイト」という性質上、掲載されている情報の正確性は保証されませんので、必ず事前にご確認の上ご利用ください。
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ