やくりじ|真言宗大覚寺派|五剣山(ごけんざん)
八栗寺香川県 六万寺駅
納経所/7:00~17:00
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楽しみ方
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中将坊大権現(八栗寺境内社)
本堂奥に中将坊堂があることを知り 奥に進むと鳥居がありました。
さぬき三大天狗「中将坊大権現」とあるではないですか。
石段を徒歩5分・・・痛めている膝がもつかどうか・・・せっかくやいってまえ!
良かったです。立派な拝殿でお参りできました。
さらに奥に何か建物があったような形跡があり 狛犬も2対いるのですが 何があったかまったく分かりませんでした。
上りは大丈夫なんですよ。でもお参りした後がきつい。
よちよち歩きの子供みたいにゆっくり下りてきました。
ウィキペディアには
八栗寺本堂の向って左の鳥居(扁額は中将坊)をくぐり石段を上がるとあり 讃岐三大天狗の中将坊大権現を祀っていて 八栗寺はここを奥の院としています。
毎月1日と16日午前5時半から30分程の勤行と加持があり その間だけ開帳があるそうです。
とありました。
八栗寺山門
八栗寺境内の様子 奥に本堂
一の鳥居
二の鳥居
風車がかわいらしいお地蔵様
三の鳥居
拝所が見えてきました
天狗のお面がありました
内陣
脇にも鳥居があり
何か建物があったようですが
さっぱり分かりません
屋島の東、源平の古戦場を挟み標高375mの五剣山があります。地上から剣を突き上げたような神秘的な山です。八栗寺はその8合目にあり、多くの遍路さんはケーブルカーで登られます。 天長6年、大師がこの山に登り求聞寺法を修めた時に、五振りの剣が天振り注ぎ、山の鎮守蔵王権現が現れました。そして「この山は仏教相応の霊地なり」と告げられたので、大師はそれらの剣を山中に埋め鎮護とし大日如来像を刻み五剣山と名付けられました。
五剣山の頂上からは、讃岐、阿波、備前など四方八国が見渡すことができたので、もともと八国寺という寺名でした。 延暦年中、師は唐に留学する前に、再度この山に登りました。そして入唐求法の成否を占うために8個の焼き栗を植えられました。無事帰国し、再び訪れると、芽の出るはずない焼き栗が芽吹いていました。これが八国寺を八栗寺へ改名した由来です。この寺も長宗我部元親による八栗攻略の兵火により全焼しました。しかし、江戸時代に無辺上人が本堂(三間四面)、さらに高松藩主松平頼重が現在の本堂を再興、弘法大師作の聖観自在菩薩を本尊として安置し、観自在院と称するようになりました。五剣山は、宝永3年(1706)に、大地震を遭い、昔は五つの嶺のうち、東の一嶺が中腹より崩壊し、現在の姿になりました。
| 住所 | 香川県高松市牟礼町牟礼3416 |
|---|---|
| 行き方 | 84【屋島寺】より
|
| 名称 | 八栗寺 |
|---|---|
| 読み方 | やくりじ |
| 参拝時間 | 納経所/7:00~17:00 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 087-845-9603 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://yakuriji.jp/ |
| SNS |
| 四国八十八ヶ所霊場(お遍路) |
|---|
| ご本尊 | 聖観世音菩薩 |
|---|---|
| 山号 | 五剣山(ごけんざん) |
| 院号 | 観自在院(かんじざいいん) |
| 宗旨・宗派 | 真言宗大覚寺派 |
| 創建時代 | 天長6年(829) |
| 開山・開基 | 弘法大師 |
| 文化財 | 八栗寺のイチョウ(香川の保存木) |
| ご由緒 | 屋島の東、源平の古戦場を挟み標高375mの五剣山があります。地上から剣を突き上げたような神秘的な山です。八栗寺はその8合目にあり、多くの遍路さんはケーブルカーで登られます。 天長6年、大師がこの山に登り求聞寺法を修めた時に、五振りの剣が天振り注ぎ、山の鎮守蔵王権現が現れました。そして「この山は仏教相応の霊地なり」と告げられたので、大師はそれらの剣を山中に埋め鎮護とし大日如来像を刻み五剣山と名付けられました。
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| 体験 | 祈祷御朱印札所・七福神巡り |
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