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楽しみ方達谷西光寺のお参りの記録一覧(2ページ目)

抑々達谷窟は征夷大將軍坂上田村麿公により達谷の靈窟に創建された毘沙門堂を根本道場とし、その御神域に建つ諸堂と、別當達谷西光寺境内の諸堂、及び鎮守社からなる神佛混淆の社寺で、昔のまゝなのです。
古来毘沙門堂境内は殺生禁断地で、達谷西光寺境内と厳格に区別され、毘沙門様が主で別當は従来、毘沙門様に仕へ奉るのが勤めとされ、神事に関わる都合上、弔事に出仕した当日は、鳥居をくぐる事さえ叶わなくなるのです。從って壇家は一軒もなく、寺でありながら葬式を營まない大変珍しい寺であります。
嘗て達谷西光寺に於ては、飛澤にあった別當達谷西光寺廣照院正念坊を筆頭に、樺澤坊、下田坊の天台三箇院、さらに赤部あかぶの奉行坊を筆頭に敎覺院、龍覺坊、無量壽院といった本山派修驗の諸坊からなる一山寺院で、廣照院衆徒として勢い盛んでありました。然し度重なる戦乱で次第に荒廢し、江戸時代には本坊の正念坊と脇院の敎覺院を残すのみとなり、さらに明治維新の廢佛毀釋で、敎覺院は雲南神社として分離されて了ったのです。
参拝コースは決められており、まず受付をすませ両脇に木々が生い茂る参道を進むとすぐに清水寺を彷彿させる建物が姿を現します。これが毘沙門堂ですが、その壮麗は思わず立ち止まってしまうほどです。階段を登ってお香の匂いに包まれた堂内にはいるとその奥に数々の毘沙門天や仏様が整然とならんでいます。これだけでも必見の価値有りですが、毘沙門堂を出ると次に登場するのが源義家公が彫ったとされる岩面大佛です。その他辨天堂やアテルイ由来のお堂など境内はさほど広くはないのですが見応えじゅうぶんです。


















国指定史跡・達谷窟毘沙門堂西側の大岩面壁に、11世紀に彫られたといわれる大磨崖仏[だいまがいぶつ]。高さ約16.5m、顔の長さ約3.6mもの貴重なもので、「北限の磨崖仏」として有名だ。明治29年(1895)、胸から下が崩落。風化が激しく、現在は顔のみが残る。
























達谷西光寺にお参りしました。

蝦蟆ヶ池辯天堂

蝦蟆ヶ池

達谷窟毘沙門堂(西出入口)

金堂

達谷窟毘沙門堂

達谷窟毘沙門堂(東出入口)

鳥居

山門

ここもお薦めしていただいたお寺です。なんでも、「最強の御札」がこの岩手県内で手に入る!ということで、足を伸ばしました!
毛越寺からさらに5キロほど離れたところにあり、寂しい場所ですが、駐車場には参拝客の車が多く停まっていました。
参拝路の順でお参りしましたが、やはりそびえる岩に沿って建つ毘沙門堂は素晴らしかったです!最強の御札「牛玉寳印」はこちらの中で頂けます。
写真を見ると、崖の上にあるようにも見えますが、駐車場から平坦な境内のなかにあるので、どなたでも無理なく参拝できますよ。
昨年末にこちらを知って、やっと念願叶い御札をGETして大満足です。
また、戦国ゆかりの神社巡りをしている子供の分とは別に、今回こちらで自分用にも御朱印帳を購入しました(^o^)



牛玉寳印をこんな感じで祀ってみました!

3種類の中から選べました。いちばんベーシックな御朱印。蝦蟇ヶ池辯天堂と姫待不動堂のものもありました。

今年の干支、虎の御朱印帳。御朱印帳って書いてないのはなんでだろう?

いつかはお参りしたいと思っていた、達谷窟毘沙門堂についに来られた!
延暦二年(801)窟に籠る蝦夷を坂上田村麻呂率いる軍が激戦の末に打ち破り、それを毘沙門天の御加護と感じてそのお礼に京の清水の舞台を模し、百八躰の毘沙門天をお祀りしたのが、始まり、、すごいなぁ〰としか言葉がない!

毘沙門堂の入り口 道を挟んだ反対側には広い駐車場があります。
右側には寺務所。なんだかワクワクします。

ニノ鳥居

そして最後の鳥居
ここまでは林の中でしたが、毘沙門堂は拓けた場所にあるようです。

これか!

正面から

あっ狛犬さん、こんにちは!ちょっと、ほっぺた膨らませて怒ってる?

毘沙門様は悪鬼を降し福を招く。
合掌するのもよし、柏手を打つのもよし!
内部は圧巻です。撮影禁止。

御堂の中から外を撮影。結構高いです。

毘沙門堂の御朱印

御堂の前に蝦蟆ヶ池があります。
そこに浮かぶ辨天堂

慈覚大師が蝦蟆に化ける貧乏をもたらす貪欲神を、
弁財様のお使いである白蛇と共に封じ込めたという

蝦蟆ヶ池弁天堂の御朱印

毘沙門堂の横の顔面大佛
極楽の仏様、南無阿弥陀仏と唱えます。
前九年後三年の役で亡くなった敵味方の供養に、源義家が弓張を以て彫りつけたといわれている

寺務所の後ろにある姫待不動堂

蝦夷の悪路王らは京からさらってきた姫を窟上流の「籠姫」に閉じ込め「櫻野」で花見をする。逃げようとした姫を待ち伏せした瀧を「姫待瀧」と呼ぶようになる。
こちらは智証大師が飛び地境内の姫待瀧の本尊として祀られ、藤原基衡が再建、のちに現在地に移されている。

姫待不動明王の御朱印

金堂
御本尊は薬師如来

金堂前の大オッコウ

御供所
ごくうしょ、と読むようです。
供物を調える場所、神厨の事なんだそうだけど、具体的によくわからないが、内部は昔のかまどがあって、火が燃えていて暖かい雰囲気でした。



暖かい

厳美渓の帰りに寄りました。岩に張り付いているような本堂が特徴的です。
御朱印は拝観前に寺務所に預けるシステムです。

本堂

本堂

岩面大仏

蝦蟆々池辯天堂

姫待婦堂々


大オッコウ

岩手県南一関地方で新型コロナから地域を守っているという噂の「世界遺産・中尊寺周辺にある『六芒星(ろくぼうせい)』の結界巡り(その2)、中尊寺の南西に位置する「達谷窟毘沙門堂」です。
駐車場、受付、鳥居、鳥居、鳥居と進むと毘沙門堂が衝撃的に見えてきます。岩場に食い込むようにそびえ立つ姿は美しく感動します。
階段を上り建物の中で「コロナ退散祈願」をし、最強のお札(と書かれていた)牛玉寳印をいただきました。
外に出て、空を眺めるように岩面大仏を参拝しました。これも珍しくて見入ってしまいます。
ここは1200年の歴史があり、坂上田村麻呂の征夷大将軍の時代の毘沙門天とのことです。
見どころいっぱいです。御朱印もいっぱいです。
ありがとうございました。
【補足】
洞窟に朱色のお堂がのめり込んで立つ。洞窟はかつて蝦夷の悪路王(蝦夷の首領阿弖流為(あてるい)と同一人物?)の砦であり、悪路王に戦勝した坂上田村麻呂が801年、毘沙門堂を建てたと伝わる。
岩肌に高さ約16.5メートルの国内屈指の磨崖(まがい)仏がある。12世紀、前九年の役、後三年の役を経た源義家が敵味方問わず犠牲者供養のため、岩肌に弓矢で掘ったとされるのが「岩面大仏」とのこと。
岩手一関の六芒星を、陰陽五行説で万物の基を成すとされる要素「木火土金水(もっかどごんすい)」になぞらえると「土」に当たる。

3種類の御朱印です。素晴らしいです。

受付。入口からいい雰囲気です。

鳥居その1

鳥居その2

鳥居その3

おーっ!スゴい!

フムフム。

最強のお札をいただきました!

何度見ても感動します。

手の届かないところに岩面大仏がいらっしゃいます。

フムフム。

姫待不動堂。

金堂。

大オッコウ。

達谷窟毘沙門堂別当達谷西光寺にて
毘沙門堂の御朱印は虎の印がかっこいいですね。
弁天堂の御朱印は白蛇の印ですね。
不動明王の御朱印も頂きまして3種類の御朱印が頂けます。
達谷窟毘沙門堂の石鳥居から朱塗りのお堂が達谷窟毘沙門堂です。
崖の直近にあり上に上がってお参りしました。
弁天堂は池の島に鎮座されていました。崖には大仏様がいらっしゃいます。
また、不動堂・金堂が入口付近に鎮座しています。
#達谷窟毘沙門堂
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達谷窟毘沙門堂の御朱印

弁天堂の御朱印

不動明王の御朱印

由緒書

鳥居

毘沙門堂

壁面の大仏様

弁天堂

不動堂

金堂
岩手県のおすすめ🎍
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