たっこくさいこうじ|天台宗
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楽しみ方達谷西光寺のお参りの記録一覧
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【陸奥国 古刹巡り】
達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわや・毘沙門堂)は、岩手県西磐井郡平泉町にある毘沙門天を祀った堂宇。別当は達谷西光寺。境内は国の史跡。
創建は平安時代初期の801年、桓武天皇の勅を受けた坂上田村麻呂が、蝦夷の惡路王、赤頭、髙丸を打ち破り、蝦夷が賽を構えたこの窟に京の清水の舞台を模した九間四面の精舎を建て、百八体の毘沙門天を祀り、鎮護国家の祈願所として毘沙門堂と名付けたのが始まり。翌802年、別当寺として達谷西光寺を創建し、奥真上人を開基として広大な寺領を定めた。のち前九年の役、後三年の役の折、源頼義・義家父子が戦勝祈願のため寺領を寄進、奥州藤原氏初代清衡、二代基衡が七堂伽藍を建立した。1189年には源頼朝が奥州合戦の帰路に参詣している。以後歴代領主に崇敬され、江戸時代には伊達政宗が毘沙門堂を再建、伊達家の祈願寺として寺領を寄進した。現在の毘沙門堂は昭和戦後の火災で焼失後、1961年に五代目として再建されたもの。
当堂宇は、JR東北本線・平泉駅の西南西6kmの平地にある。太田川という小川に沿って県道31号線が走り、その北側にある。境内は東西に長く、さほど広くはない。メインの毘沙門堂は数十mの崖に食い込むように建っているのが有名。その西側にある岩面大佛も知られている。この他、金堂、辨天堂、不動堂などが建っている。境内入口の三鳥居を含め、とっても印象に残る寺院で観光地として人気。
今回は、旅行情報サイト・じゃらん、ぐるたび、4travelで岩手県の人気寺社仏閣として挙がっていたことから参拝することに。参拝時は休日の午後で、多くの家族連れなどが参拝に訪れていた。
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抑々達谷窟は征夷大將軍坂上田村麿公により達谷の靈窟に創建された毘沙門堂を根本道場とし、その御神域に建つ諸堂と、別當達谷西光寺境内の諸堂、及び鎮守社からなる神佛混淆の社寺で、昔のまゝなのです。
古来毘沙門堂境内は殺生禁断地で、達谷西光寺境内と厳格に区別され、毘沙門様が主で別當は従来、毘沙門様に仕へ奉るのが勤めとされ、神事に関わる都合上、弔事に出仕した当日は、鳥居をくぐる事さえ叶わなくなるのです。從って壇家は一軒もなく、寺でありながら葬式を營まない大変珍しい寺であります。
嘗て達谷西光寺に於ては、飛澤にあった別當達谷西光寺廣照院正念坊を筆頭に、樺澤坊、下田坊の天台三箇院、さらに赤部あかぶの奉行坊を筆頭に敎覺院、龍覺坊、無量壽院といった本山派修驗の諸坊からなる一山寺院で、廣照院衆徒として勢い盛んでありました。然し度重なる戦乱で次第に荒廢し、江戸時代には本坊の正念坊と脇院の敎覺院を残すのみとなり、さらに明治維新の廢佛毀釋で、敎覺院は雲南神社として分離されて了ったのです。
参拝コースは決められており、まず受付をすませ両脇に木々が生い茂る参道を進むとすぐに清水寺を彷彿させる建物が姿を現します。これが毘沙門堂ですが、その壮麗は思わず立ち止まってしまうほどです。階段を登ってお香の匂いに包まれた堂内にはいるとその奥に数々の毘沙門天や仏様が整然とならんでいます。これだけでも必見の価値有りですが、毘沙門堂を出ると次に登場するのが源義家公が彫ったとされる岩面大佛です。その他辨天堂やアテルイ由来のお堂など境内はさほど広くはないのですが見応えじゅうぶんです。
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ここもお薦めしていただいたお寺です。なんでも、「最強の御札」がこの岩手県内で手に入る!ということで、足を伸ばしました!
毛越寺からさらに5キロほど離れたところにあり、寂しい場所ですが、駐車場には参拝客の車が多く停まっていました。
参拝路の順でお参りしましたが、やはりそびえる岩に沿って建つ毘沙門堂は素晴らしかったです!最強の御札「牛玉寳印」はこちらの中で頂けます。
写真を見ると、崖の上にあるようにも見えますが、駐車場から平坦な境内のなかにあるので、どなたでも無理なく参拝できますよ。
昨年末にこちらを知って、やっと念願叶い御札をGETして大満足です。
また、戦国ゆかりの神社巡りをしている子供の分とは別に、今回こちらで自分用にも御朱印帳を購入しました(^o^)





岩手県南一関地方で新型コロナから地域を守っているという噂の「世界遺産・中尊寺周辺にある『六芒星(ろくぼうせい)』の結界巡り(その2)、中尊寺の南西に位置する「達谷窟毘沙門堂」です。
駐車場、受付、鳥居、鳥居、鳥居と進むと毘沙門堂が衝撃的に見えてきます。岩場に食い込むようにそびえ立つ姿は美しく感動します。
階段を上り建物の中で「コロナ退散祈願」をし、最強のお札(と書かれていた)牛玉寳印をいただきました。
外に出て、空を眺めるように岩面大仏を参拝しました。これも珍しくて見入ってしまいます。
ここは1200年の歴史があり、坂上田村麻呂の征夷大将軍の時代の毘沙門天とのことです。
見どころいっぱいです。御朱印もいっぱいです。
ありがとうございました。
【補足】
洞窟に朱色のお堂がのめり込んで立つ。洞窟はかつて蝦夷の悪路王(蝦夷の首領阿弖流為(あてるい)と同一人物?)の砦であり、悪路王に戦勝した坂上田村麻呂が801年、毘沙門堂を建てたと伝わる。
岩肌に高さ約16.5メートルの国内屈指の磨崖(まがい)仏がある。12世紀、前九年の役、後三年の役を経た源義家が敵味方問わず犠牲者供養のため、岩肌に弓矢で掘ったとされるのが「岩面大仏」とのこと。
岩手一関の六芒星を、陰陽五行説で万物の基を成すとされる要素「木火土金水(もっかどごんすい)」になぞらえると「土」に当たる。
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