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たっこくさいこうじ|天台宗

達谷西光寺のお参りの記録一覧
岩手県 平泉駅

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のぶさん
のぶさん
2022年05月08日(日)1661投稿

抑々達谷窟は征夷大將軍坂上田村麿公により達谷の靈窟に創建された毘沙門堂を根本道場とし、その御神域に建つ諸堂と、別當達谷西光寺境内の諸堂、及び鎮守社からなる神佛混淆の社寺で、昔のまゝなのです。
古来毘沙門堂境内は殺生禁断地で、達谷西光寺境内と厳格に区別され、毘沙門様が主で別當は従来、毘沙門様に仕へ奉るのが勤めとされ、神事に関わる都合上、弔事に出仕した当日は、鳥居をくぐる事さえ叶わなくなるのです。從って壇家は一軒もなく、寺でありながら葬式を營まない大変珍しい寺であります。

嘗て達谷西光寺に於ては、飛澤にあった別當達谷西光寺廣照院正念坊を筆頭に、樺澤坊、下田坊の天台三箇院、さらに赤部あかぶの奉行坊を筆頭に敎覺院、龍覺坊、無量壽院といった本山派修驗の諸坊からなる一山寺院で、廣照院衆徒として勢い盛んでありました。然し度重なる戦乱で次第に荒廢し、江戸時代には本坊の正念坊と脇院の敎覺院を残すのみとなり、さらに明治維新の廢佛毀釋で、敎覺院は雲南神社として分離されて了ったのです。

参拝コースは決められており、まず受付をすませ両脇に木々が生い茂る参道を進むとすぐに清水寺を彷彿させる建物が姿を現します。これが毘沙門堂ですが、その壮麗は思わず立ち止まってしまうほどです。階段を登ってお香の匂いに包まれた堂内にはいるとその奥に数々の毘沙門天や仏様が整然とならんでいます。これだけでも必見の価値有りですが、毘沙門堂を出ると次に登場するのが源義家公が彫ったとされる岩面大佛です。その他辨天堂やアテルイ由来のお堂など境内はさほど広くはないのですが見応えじゅうぶんです。

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としさん
としさん
2020年08月18日(火)139投稿

岩手県南一関地方で新型コロナから地域を守っているという噂の「世界遺産・中尊寺周辺にある『六芒星(ろくぼうせい)』の結界巡り(その2)、中尊寺の南西に位置する「達谷窟毘沙門堂」です。
駐車場、受付、鳥居、鳥居、鳥居と進むと毘沙門堂が衝撃的に見えてきます。岩場に食い込むようにそびえ立つ姿は美しく感動します。
階段を上り建物の中で「コロナ退散祈願」をし、最強のお札(と書かれていた)牛玉寳印をいただきました。
外に出て、空を眺めるように岩面大仏を参拝しました。これも珍しくて見入ってしまいます。
ここは1200年の歴史があり、坂上田村麻呂の征夷大将軍の時代の毘沙門天とのことです。
見どころいっぱいです。御朱印もいっぱいです。
ありがとうございました。

【補足】
洞窟に朱色のお堂がのめり込んで立つ。洞窟はかつて蝦夷の悪路王(蝦夷の首領阿弖流為(あてるい)と同一人物?)の砦であり、悪路王に戦勝した坂上田村麻呂が801年、毘沙門堂を建てたと伝わる。
岩肌に高さ約16.5メートルの国内屈指の磨崖(まがい)仏がある。12世紀、前九年の役、後三年の役を経た源義家が敵味方問わず犠牲者供養のため、岩肌に弓矢で掘ったとされるのが「岩面大仏」とのこと。
岩手一関の六芒星を、陰陽五行説で万物の基を成すとされる要素「木火土金水(もっかどごんすい)」になぞらえると「土」に当たる。

達谷西光寺の御朱印

3種類の御朱印です。素晴らしいです。

達谷西光寺の鳥居

受付。入口からいい雰囲気です。

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