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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※毛越寺ではいただけません

もうつうじ|天台宗

毛越寺

岩手県 平泉駅

8:30〜17:00(11/5〜3/4:8:30〜16:30)

投稿する
0191-46-2331

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(1種類)

薬師如来の御朱印

300円

真ん中に薬師如来と書かれ、右上に醫王山(いおうざん)の印、真ん中に蓮華座に梵字(薬師如来)の火炎宝珠印、左に「平泉 毛越寺」の文字、左下に毛越寺印が押されています。
慈覚大師が深い霧に足止めされた際、足元に落ちている白鹿の毛を辿っていくと、その先に現れた白髪の老人からお告げを受け、この老人こそ薬師如来の化身であると感じた大師がこの地に堂宇を建立したのが毛越寺の起源とされています。

御朱印帳(1種類)

オリジナル御朱印帳

1,500円
約18×11cm

紺色の地に、表面は大伽藍が建ち並んでいた時代の毛越寺境内の俯瞰図がデザインされ、左上に御朱印帳の文字、裏面は「延年の舞」の老女(姥舞)が描かれ、下部に「平泉 毛越寺」の文字が入っています。
その昔、毛越寺は広大な境内に大伽藍が建ち並び、その荘厳さは並ぶものなしと称賛されていましたが、嘉禄二年(1226年)の火災により、その多くが焼失しました。
毛越寺に伝承される国重要無形民俗文化財「延年の舞」は、天下泰平・国土安穏・民衆の延年長寿を願い、常行堂二十日夜祭(摩多羅神祭)にて奉納されます。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、山門札所でお受けできます。
御朱印は、拝観の始めに山門札所に御朱印帳をお預けください。

拝観時間は8時30分~17時(11月5日~3月4日は16時30分)。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

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91
御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

町営毛越寺駐車場あり(有料駐車場・330台)

ご利益

毛越寺について

2011年6月世界遺産に登録。

おすすめの投稿

Kumiko
2021年04月29日(木)
291投稿

東北の旅2日目
世界遺産である毛越寺
「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」の一部
境内のほとんどが大火や奥州仕置等で
社殿が失われ土台のみ残っているような
状態でしたが
帰宅後いろいろ調べてみました。

何の下調べもなく宿泊先の近くにあり
せっかくだから行ってみよう!…
ところが、私にとってはこの後に行く
中尊寺よりも大変居心地がよく
のんびりし過ぎてしまいました。
この場所のパワーなのか?
きっと毛越寺は
中尊寺よりも豪華絢爛だったに違いない。。。
と想いをはせ
各場所で後ろ髪をひかれるように
佇んでしまい。
結果中尊寺は次の移動先に間に合わない為
周り切れずに平泉駅へ急ぐ事になりました。
そしてあまりにも毛越寺が気に入ってしまい。
御朱印が欲しくなり
寺での初御朱印の為
寺専用の御朱印帳を毛越寺で購入しました。
しだれ桜がほぼ満開で素晴らしい季節
このタイミングで初参拝出来た事に感謝。

下記wikipediaより引用しました様子です。
中尊寺と同年に円仁が創建。その後、大火で焼失して荒廃したが、奥州藤原氏第2代基衡夫妻、および、子の第3代秀衡が壮大な伽藍を再興した。中世の歴史書『吾妻鏡』によれば、「堂塔四十余宇、禅房五百余宇」があり、円隆寺と号せられる金堂・講堂・常行堂・二階惣門・鐘楼・経蔵があり、嘉祥寺その他の堂宇もあって、当時は中尊寺をしのぐ規模だったという。金堂の円隆寺は、金銀、紫檀をちりばめ、その荘厳は『吾妻鏡』に「吾朝無双」と評された。

鎌倉時代には鎌倉幕府にも保護されたが、1226年(嘉禄2年)に火災に遭い、戦国時代の1573年(天正元年)には兵火に遭って、長年の間、土壇と礎石を残すだけとなっていた。江戸時代は仙台藩領内となり、1636年(寛永13年)の伊達政宗の死去に際して、当時の本尊の釈迦三尊が政宗の霊廟「瑞鳳殿」に隣接して政宗の菩提寺として創建された瑞鳳寺(宮城県仙台市)に遷された。寛文年間(1661年〜1672年) には本寺とその周辺は水田化された。しかし、伊達藩により経済的援助や保護が行われた。

明治の後半には新しい本堂や庫裏を南大門の外側に建て、1921年(大正10年)には伊達一関藩・一関城の大手門を移し、山門とした。1922年(大正11年)10月12日、「毛越寺境内 附 鎮守社跡(もうつうじけいだい つけたり ちんじゅしゃあと)」として史跡に指定された。

毛越寺境内遺跡は、1954年(昭和29年)より5か年にわたって全面的に発掘調査がなされ、その規模や構造などの全容がほぼ解明されている。その調査結果は、『吾妻鏡』などの文献資料ともよく合致する。それによれば、遺跡は、現在の毛越寺の境内にあり、旧来の姿をとどめており、土塁・南大門跡苑池・金堂跡その他の堂跡の保存状態はきわめて良好である。とくに金堂跡は桁行7間、梁間6間に復原される礎石がほぼ完全に遺存しており、土壇の四周には基壇地覆石がめぐらされ、雨落溝の構造ものこっている。左右には翼廊跡があり、前方に折れてその両端にそれぞれ楼の跡も残っている。その他の堂宇の礎石もよく残り、その浄土庭園は、平安時代末期の遺構として、毛越寺のシンボルとなっており、苑池も橋脚をのこして中島・庭石については旧態をよく示して、平安時代の伽藍形式を示すものとして学術上の価値が高い。こんにち伽藍復原図として知られる図像は、1954年(昭和29年)以来の発掘調査によって検出された考古資料をもとに描かれたものである。

1989年(平成元年)に平安様式に則って本堂が再建され、現在に至っている。

毛越寺の本殿

平泉に行く事を
私自身のルーツにより
行ってよいのやら
ためらったのですが
東北行きを決めた時
まだまだ深く知らない事が多く。。。
しかし
いろいろ繋がっている石川県に行った事もすべて…

毛越寺の本殿

本殿
御本尊は薬師如来
薬師如来=国常立尊=艮の金神
ここに来た意味があると理解しました。

毛越寺の自然

とてもよい季節に平泉に行けました。

毛越寺の周辺

東北は…
歴史を散々かきかえられていますが…

毛越寺の自然

来年も桜の時期に行きたい。
次はのんびり平泉がいいな。。。

毛越寺(岩手県)

きっとこれから何度かくる場所になりそうです。

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惣一郎
2022年05月24日(火)
963投稿

【NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』~源義経ゆかりの名所②】
5月22日(日)放送分で源義経の最期が描かれていたため、そのゆかりの古刹をご紹介します。

【陸奥国 古刹巡り】

毛越寺(もうつうじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の別格本山の寺院。本尊は薬師如来。境内は「毛越寺境内 附鎮守社跡」として国の特別史跡、庭園は「毛越寺庭園」として国指定の特別名勝。「毛越寺の延年」は国指定の重要無形民俗文化財。2011年にユネスコの世界遺産に登録されている。

寺伝によると、平安時代初期の850年、中尊寺と同年に円仁(慈覚大師)が創建。その後大火で焼失し荒廃したが、奥州藤原氏2代基衡夫妻、3代秀衡が壮大な伽藍を再興した。『吾妻鏡』によると、「堂塔四十余宇、禅房五百余宇」と記され、円隆寺と号せられる金堂・講堂・常行堂・二階惣門・鐘楼・経蔵があり、嘉祥寺その他堂宇もあって、当時は中尊寺をしのぐ規模だったとされる。金堂の円隆寺は、金銀、紫檀をちりばめ、その荘厳さは『吾妻鏡』では「吾朝無双」と評された。
鎌倉時代には鎌倉幕府にも保護されたが、1226年火災に遭い、戦国時代の1573年には兵火に遭って伽藍をすべて焼失。江戸時代には仙台藩領内となり、1636年には本尊の釈迦三尊は伊達政宗の菩提寺・瑞鳳寺(宮城県仙台市)に遷された。明治時代になると、新しい本堂、庫裏を南大門の外側に建て、伊達一関藩の一関城の大手門を移し山門とするなど、徐々に復興した。大正時代には国の史跡に指定、昭和戦後になって境内遺跡の発掘調査を実施、1989年には平安様式に則って本堂を再建し現在に至っている。

当寺は、JR東北本線・平泉駅の西方700mの平地にある。境内はかなり広くて、中央部に大きな浄土庭園の池があり、その周辺にいくつかの建物と建物跡地がある。明治時代以降に復興しているので、平泉藤原三代の時代から続く建物はない。庭園や伽藍の跡地を見ながら、歴史ロマンに思いを馳せる楽しみ方が必要。参観エリアは樹木も少なくて明るく、様々な植物が植えられている。反時計回りに1周する参観コースは、そこそこじっくり見て廻ると30分はかかる。今回は桜の季節に参拝してみたが桜は少ないみたい。秋の紅葉の写真を見ると相当綺麗なので、ベストシーズンは秋かと思われる。

今回は、ユネスコの世界遺産の構成資産であることから参拝することに。参拝時は休日の昼ごろで、混んではいなかったが、絶えず参拝者が訪れている感じだった。

毛越寺(岩手県)

境内東端南寄り入口にある<山門>。1921年に伊達一関城の大手門を移築したもの。

毛越寺(岩手県)

山門をくぐって正面を見ると、遠くに大きな堂宇が見える。

毛越寺の建物その他

山門をくぐって、すぐ参道右側にある<授与所>。御朱印はこちら。

毛越寺の手水

参道進んで左側にある<水屋>。

毛越寺(岩手県)

参道進んで左側にある<芭蕉句碑>。

毛越寺の自然

参道進んで左側にある満開の枝垂れ桜の木。当寺の大きな桜はこれ1本だけみたい。

毛越寺の本殿

正面を望むと松の木の向こう側に<本堂>。毛越寺一山十八坊の本坊。

毛越寺の本殿

<本堂>全景。平安様式で再建。薬師如来立像(平安時代後期作)と脇侍の日光菩薩・月光菩薩を祀る。

毛越寺(岩手県)

本堂に向かって左側の建物。能楽堂かな。

毛越寺の庭園

本堂に向かって右側を向くと、浄土庭園の中心<大泉が池>。

毛越寺(岩手県)

順路通り西に進むと<築山>がある。水面から4mの高さに築かれている。

毛越寺(岩手県)

順路の西端にある<開山堂>。

毛越寺(岩手県)

<開山堂>正面。慈覚大師円仁を祀る。

毛越寺(岩手県)

開山堂の前には<菖蒲>?が植えてある。

毛越寺の建物その他

参拝路は東向きに変わる。こちらは<嘉祥寺跡>。2代基衡が造り始め、3代秀衡が完成させた御堂。本尊は薬師如来であったとのこと。

毛越寺(岩手県)

続いて<講堂跡>。仏法を説き仏法を聴く堂舎であり、本尊は胎金両部大日如来であったとのこと。

毛越寺(岩手県)

参拝路から振り返って<開山堂>を望む。空きスペースは芝生が植えてあって、見た目も気持ちが良い。(o^―^o)

毛越寺(岩手県)

つづいて<金堂円隆寺跡>。基衡建立の勅願寺。『吾妻鏡』では「吾朝無双」と称されるほど万宝を尽くした建物で、本尊は運慶作の薬師如来、毛越寺の中心的堂宇であったとのこと。1226年の火災で焼失。

毛越寺(岩手県)

池に出っ張った部分にある<鐘楼跡>。

毛越寺の建物その他

江戸時代中期1732年に伊達吉村が再建した<常行堂>。

毛越寺(岩手県)

<常行堂>の本尊は阿弥陀如来。奥殿に秘仏の摩多羅神(またらじん)を祀っている。毎年正月20日に、国指定の重要無形民俗文化財である「延年の舞」が奉納されるとのこと。

毛越寺の地蔵

常行堂前の<地蔵菩薩>。

毛越寺(岩手県)

つづいて<鐘楼堂>。

毛越寺の建物その他

現在の梵鐘は、1975年人間国宝・香取正彦氏の作。

毛越寺の建物その他

境内東端北側にある<法華堂跡>。

毛越寺(岩手県)

法華堂跡の南側にある<常行堂跡>。

毛越寺の建物その他

南西方向の本堂を望む。池に浮かぶ船も、当時の物を再現しているのかな。

毛越寺(岩手県)

つづいて<東門跡>。往時は築地塀が境内の東端、南端を囲んでいたとのこと。

毛越寺(岩手県)

大泉ヶ池の東端は、池の縁が海の三日月湾の浜辺のようになっていて<洲浜>というみたい。

毛越寺の周辺

参拝路を進むにつれ、見える池の形がどんどん変わって行く。スゴイ。(o^―^o)

毛越寺(岩手県)

池の左寄りに見えるのは<出島石組>と<池中立石>。

毛越寺(岩手県)

ここで参拝路は山門付近まで戻る。授与所で御朱印をお願いするが、時間がそこそこかかりそうに見えたので、山門そばの<お休み処・松風庵>に入ることに。

毛越寺の食事

「白玉ぜんざい」か「わらびもち」を頼むつもりだったが、お腹が空いて結局「もりそば」を注文。(^_^;)

毛越寺(岩手県)

食後の腹ごなしに<毛越寺宝物館>を参観。

毛越寺(岩手県)

締めくくりは見納めに、きれいな満開の桜と本堂。

毛越寺の建物その他

最後に、境内入口全景。なかなか見応えのある良いお寺。
(^▽^)/

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歴史

1775(安永4)年に仙台藩に提出された⦅書出し⦆

嘉祥3年(850)慈覚大師が東北巡遊のおり、この地にさしかかると、一面霧に覆われ、一歩も前に進めなくなりました。ふと足元を見ると、地面に点々と白鹿の毛が落ちておりました。大師は不思議に思いその毛をたどると、前方に白鹿がうずくまっておりました。大師が近づくと、白鹿は姿をかき消し、やがてどこからともなく、一人の白髪の老人が現われ、この地に堂宇を建立して霊場にせよと告げた
✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼
大師は、この老人こそ薬師如来の化身と感じ、一宇の堂を建立し、嘉祥寺と号しました。これが毛越寺の起こりとされます。
寺名の読み
毛越寺はモウツウジと読みます。通常、越という字をツウとは読みませんが、越は慣用音でオツと読みます。従ってモウオツジ→モウツジ→モウツウジに変化したそうです(´∀`)

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毛越寺の基本情報

住所岩手県西磐井郡平泉町平泉大沢58
行き方

JR「平泉駅」より徒歩7分

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名称毛越寺
読み方もうつうじ
参拝時間

8:30〜17:00(11/5〜3/4:8:30〜16:30)

参拝料

大人500円、高校生300円、小中学生100円

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0191-46-2331
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.motsuji.or.jp/
SNS

詳細情報

ご本尊薬師如来
宗旨・宗派天台宗
創建時代嘉祥三年(850)
開山・開基慈覚大師円仁
ご由緒

1775(安永4)年に仙台藩に提出された⦅書出し⦆

嘉祥3年(850)慈覚大師が東北巡遊のおり、この地にさしかかると、一面霧に覆われ、一歩も前に進めなくなりました。ふと足元を見ると、地面に点々と白鹿の毛が落ちておりました。大師は不思議に思いその毛をたどると、前方に白鹿がうずくまっておりました。大師が近づくと、白鹿は姿をかき消し、やがてどこからともなく、一人の白髪の老人が現われ、この地に堂宇を建立して霊場にせよと告げた
✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼
大師は、この老人こそ薬師如来の化身と感じ、一宇の堂を建立し、嘉祥寺と号しました。これが毛越寺の起こりとされます。
寺名の読み
毛越寺はモウツウジと読みます。通常、越という字をツウとは読みませんが、越は慣用音でオツと読みます。従ってモウオツジ→モウツジ→モウツウジに変化したそうです(´∀`)

体験坐禅(座禅)写経・写仏結婚式世界遺産食事・カフェ御朱印博物館法話

Wikipediaからの引用

概要
毛越寺(もうつうじ)は、岩手県西磐井郡平泉町(創建時は陸奥国磐井郡平泉)に所在する、天台宗の寺院。現在の本尊は薬師如来立像(平安時代後期の作。脇侍は日光菩薩・月光菩薩)。建築は平安様式。 境内は「毛越寺境内 附 鎮守社跡」(もうつうじけいだい つけたり ちんじゅしゃあと)として国の特別史跡、庭園は「毛越寺庭園」(もうつうじていえん)として特別名勝に指定されている。2011年(平成23年)6月26日、「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」の構成資産の一つとして世界遺産に登録された。 平泉中尊寺、松島瑞巌寺、山形立石寺と共に「四寺廻廊」という巡礼コースを構成している。
歴史
歴史[編集] 寺伝によれば850年(嘉祥3年)、中尊寺と同年に円仁が創建。その後、大火で焼失して荒廃したが、奥州藤原氏第2代基衡夫妻、および、子の第3代秀衡が壮大な伽藍を再興した。中世の歴史書『吾妻鏡』によれば、「堂塔四十余宇、禅房五百余宇」があり、円隆寺と号せられる金堂・講堂・常行堂・二階惣門・鐘楼・経蔵があり、嘉祥寺その他の堂宇もあって、当時は中尊寺をしのぐ規模だったという。金堂の円隆寺は、金銀、紫檀をちりばめ、その荘厳は『吾妻鏡』に「吾朝無双」と評された。 鎌倉時代には鎌倉幕府にも保護されたが、1226年(嘉禄2年)に火災に遭い、戦国時代の1573年(天正元年)には兵火に遭って、長...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 東北本線(JR東日本)平泉駅から徒歩9分。 岩手県交通・平泉町巡回バス「るんるん」で毛越寺バス停下車[1]。 平泉町営毛越寺駐車場:350台駐車可、一般有料、身体障害者は無料、町営中尊寺駐車場との間で割引サービスあり[1]。 ^ a b 町内交通機関のご案内(平泉観光協会)
引用元情報毛越寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%AF%9B%E8%B6%8A%E5%AF%BA&oldid=90116178

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