とといじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方止々井神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年08月30日(土) 21時30分42秒
参拝:2025年8月吉日
陸奥国胆沢郡の式内社です。社名は止止井→鳥取→鳥取部氏に由来するとされ、御祭神は鳥取部氏の祖神である天湯河桁命さまを祀ります。また同じく胆沢郡の式内社はそれぞれ自然物を対象にしており、駒形神社は駒ヶ岳、磐神社・和我叡登拳神社・於呂閇志神社は巨石(巨岩)、胆沢川神社・石手堰神社が川(水源)というふうに分類できます。当社は「井」を社名に持つことから水神の神社とする見方もあるようです。

《鳥居と社号碑》

《手水舎》
蛇口式ですが水は出ません。洗ひつるここも…(略)
蛇口式ですが水は出ません。洗ひつるここも…(略)

《拝殿》
👁チェックポイント‼️
当社は幕末まで神社の行方が分からなくなっていたようで、文政十三年(1830年)に菅原忠作という方が都々里村に零落跡を再興し、神祇伯白川家に棟札を申請し許可を得たことで再建されました。現在も南都田清水下に止止井神社跡がありこれが零落跡です。
当社は社日さまという通称があるそうで、こちらは社日講に由来するものと思われます。社日は暦における雑節のひとつで、基本的に月2日存在しています。用途としては産土神を祀り祈願する日とされ、社日講はそれらの集団として成ったものです。このことからこの場所が社日講によって人が集まる場所とされていたことが止々井神社の再建地になったということが窺えます。
👁チェックポイント‼️
当社は幕末まで神社の行方が分からなくなっていたようで、文政十三年(1830年)に菅原忠作という方が都々里村に零落跡を再興し、神祇伯白川家に棟札を申請し許可を得たことで再建されました。現在も南都田清水下に止止井神社跡がありこれが零落跡です。
当社は社日さまという通称があるそうで、こちらは社日講に由来するものと思われます。社日は暦における雑節のひとつで、基本的に月2日存在しています。用途としては産土神を祀り祈願する日とされ、社日講はそれらの集団として成ったものです。このことからこの場所が社日講によって人が集まる場所とされていたことが止々井神社の再建地になったということが窺えます。

《神輿庫?》

《扁額》🙏
岩手県の古社は扁額が横書きで右から読むものが多いですね。
岩手県の古社は扁額が横書きで右から読むものが多いですね。

《本殿》

《本殿裏の石碑》
「とゞゐの神社」と書かれています。
「とゞゐの神社」と書かれています。

《祠群》
1番右側が「金華山」とあります。岩手県には多く見られますね。
1番右側が「金華山」とあります。岩手県には多く見られますね。


《お塚群》
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1698投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(9/7更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。







