たけだすがじんじゃ
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楽しみ方健田須賀神社のお参りの記録一覧(2ページ目)

お参りして御朱印をいただきました。

鳥居と社号標

慰霊殿

桜が満開でした

拝殿

拝殿

本殿

境内社 十二社

境内社 甲子稲荷神社

結城家物語―四百年の歴史―③
結城の街を巡るオリジナルボイスドラマ
「ミライライライセ」
QRコードを読み取りキーワードを獲得して巡る今回の私の御朱印巡りです🥰
*****
1200年有余の歴史があり、結城城🏯の鬼門除けとして、そして結城家の氏神様として手厚く祀られました。。
この日は、一粒万倍日+寅の日✨🌾🐯✨
さぁ~お詣りします🥰

御朱印✨🌾🌸
(書置き)

一礼して。。失礼します🍀🤗🍀

拝殿✨
御祭神
・タケヌナカワワケノミコト
・スサノオノミコト

神様にご挨拶🙏

夫婦榊🌳✨

狛犬さん。。

狛犬さん。。

本殿✨

神楽殿✨

十二社✨

甲子大黒天✨
一粒万倍日+寅の日✨🌾🐯✨
自分のお財布を置いて。。
打出の小槌を三回振って。。
お願い事を🙏
🤳を撮る時。。あれ(゜∀。)???
大黒様がニコ😊って笑った気がしました。。
良いことあるかな?💫
私だけの思い込み。。😅

御朱印✨🌾🐯✨
大黒天(書置き)
心癒されて。。
清々しい参拝になりました。。
神様に感謝🍀🤗🍀

結城市の総社として結城市の中心に鎮座されています。
歴史も古く延喜式の一社として記されているそうです。
また、旧社格も懸社であるなど格式の高い神社です。
兼務されている神社も多く、すべての御朱印を頂くのは大変そうです。
御朱印の種類は、兼務社込みで13種類そのほかに書き置き3種類がありました。
兼務社3社と御本社の御朱印をお願いしましたら、御本社の御朱印を誤って兼務社の印を押印してしまったとのことで正しいものを書いて頂いていました。(すごく謝罪されてしまい、却って恐縮してしまいました。)
こんなこともあるんだと、思い出に残るエピソードになりました。
また、結城市を訪ねて、御朱印を頂いていきたいと思います。



社務所に掲示されている書き置き御朱印と御朱印帳

社務所に掲示されている御本社と兼務社の御朱印
下の方にすべての種類を書き入れされた御朱印帳

手水舎

健田須賀(たけだすが)神社
結城七社の一つ「牛頭天王」
明治3年に健田神社と須賀神社がこの地に合祀され、健田須賀神社になったとのこと。


鳥居(北側)

結城戦没者慰霊碑

鳥居(東側)

摂社

末社

由緒

神楽殿

猿田彦社

手水舎

健田須賀神社(たけだすが~)は、茨城県結城市にある神社。旧社格は県社。明治時代に健田神社と須賀神社を合祀しているが、このうち健田神社は式内社。祭神は武渟川別命(たけぬなかわわけ;旧健田神社祭神)と須佐之男命(すさのお;旧須賀神社祭神)。
健田神社は、創建は不詳。社伝によると、結城国造の武田臣が祖神の武渟川別命を祀ったのが始まり。武渟川別命は四道将軍の一人として東国を平定・開拓した人物。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「下総国 結城郡 健田神社 小」に比定されている。江戸時代中期の1764年に結城本郷小塙村にある結城氏の菩提寺・乗国寺の境内に遷座した。
須賀神社は、鎌倉時代の1242年、当地領主・結城氏が尾張国津島神社を勧請して「天王社」として創建。室町時代の1343年、結城直朝が結城七社を定め、当社を結城郷の総社とした。明治時代に入り、社号を「天王社」から「須賀神社」に改称し、その後健田神社を合祀して「健田須賀神社」と称した。近代社格制度の下、郷社に列格、その後県社に昇格した。
当社は、JR水戸線・結城駅の北方500mほどの、市街地の中にある。周辺は明治以降昭和期まで栄えたであろう古い街並みがところどころ残る雰囲気の良いエリアにあって、境内の接する道は「健田通り」と言う通り、昔から地元に根付いていることが分かる。境内は広いが、区画の道沿いは他に転用されている。神主さん常駐で、安心して参拝、祈祷できる街の鎮守といったイメージ。
今回は、(茨城県にあるが)下総国の式内社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中で、地元のご老人が数人参拝に来ていた。

境内入口の<一の鳥居>と<社号標>。鳥居は、北向きに立っている。

参道を進んで左側、二の鳥居近くにある<手水舎>。右側の建物は<神輿庫>。

参道を進んで右側、二の鳥居近くにある<結城市戦没者 慰霊碑>。一段高い塀で囲まれた場所に、丁寧に祀られている。

社殿近くになって<二の鳥居>。

二の鳥居から見た<社殿>全景。なかなか重厚感のある<社殿>は、東向きに立っている。

南側にある<鳥居>。この南側は道に通じていない。

<拝殿>全景。受験シーズンでもないのに、絵馬の数が非常に多い。

<拝殿>正面。きれいに整っている。

<健田須賀神社>の扁額は、やや左寄りに掛かっていて、中央には<刀剣>が掲げられている。

拝殿に向かって左手にある<神楽殿>。大きな<縣社昇格紀念碑>とともに。奉納酒は、江戸時代から続く地元結城のお酒<武勇>。

拝殿の左手にある<十二社>。室町時代は<結城七社>といい、領主・結城直朝が戦勝祈願をして願いが叶い、以後篤く信仰したとのこと。

造形として整った<本殿>。

本殿の左手にある、幹が太くて存在感のある巨木。

巨木の左下に鎮座する<甲子稲荷神社>。

新しそうな拝殿に、古い扁額が掛かっていて、良い雰囲気。

社殿の右手にある<社務所>。御朱印はこちら。

真横からの<社殿>全景。本殿はやや小さく、拝殿と本殿のバランスは良い。

ところどころに使われている金色の金具がアクセントになっている。

二の鳥居をくぐってすぐの場所にある<猿田彦大神>の石碑と小祠。

写真枠外右側に、道路に面した駐車場がある。

健田(たけだ)神社と須賀(すが)神社という2つの神社が合祀されて現在の位置に鎮座しています。
結城駅から徒歩圏内です。
駐車場は十数台分あります。
御朱印は直書きで頂けました。




拝殿



狛犬さん

境内社 猿田彦神社


令和になってから奉納された鳥居

神社の横は遊具がある公園。
9月に入っても相変わらず暑くベンチがあったのでひと休み。
近くの道は道幅が狭いせいか自転車で公園から境内を通り抜ける地元の方がちらほらいました。

健田神社と須賀神社を合祀した神社です。
前の公園で遊ぶ子供たちもお詣りしてました。
子供の声が聞こえるのはいいですね。
結城七社の北斗七星の御朱印が欲しくてお詣りしました。










結城氏第七代当主、結城直朝が、七社を北斗七星に見立て先勝祈願をしたところ勝利したという。
七社は須賀、高椅、日鷲、住吉、大桑神社、神明宮、八幡宮。

茨城県結城市の健田須賀神社に3回目の参拝
今回は猿田彦大明神の御朱印をいただこうと行って来ました。
相変わらず明るくキレイな神社で、今回お賽銭箱の前に立った時にちょうどふわぁっと風が舞って、前にテレビでそういう時は神様が歓迎してくれていると言っていたので嬉しくなりました。




境内の奥の方にひっそりと大黒さまが



猿田彦大明神

猿田彦大明神の見開きの御朱印

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