とくぞうじ
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楽しみ方徳蔵寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月18日(水) 07時55分10秒
参拝:2024年4月吉日
茨城県 東茨城郡 城里町 に境内を構える、引布山 金剛光院 徳蔵寺、別称 徳蔵(とくら)大師、開運 茨城 花の寺 八ヶ寺霊場、十二支の守り本尊と花めぐりにて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、非常に対応の良い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 引布山、院号は 金剛光院、寺号は 乗蓮寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 大日如来、開運 茨城 花の寺 八ヶ所霊場 第六番札所 未・申 大日如来、佐竹七福神霊場 寿老人、寺伝では弘仁年間(810-824)弘法大師空海が当地に密法を広めようと八岐大蛇伝説の八瓶山中で雨乞いの祈りをしたという創建の話が伝えられ、また平安時代末期に弁海上人が現在地の山奥にある八瓶山麓に開山し七堂伽藍が建立されたと伝えられています。
鎌倉時代になるとこの徳蔵寺は同じ真言宗の笠間市 正福寺との争いが絶えませんでした。
正福寺は百坊、徳蔵寺は三百坊といわれる勢力で抗争を繰り返していましたが、劣勢だった正福寺は下野の守護宇都宮頼綱に援軍を求め、元久2年(1205)頼綱は甥の塩谷時朝を派兵しました。佐白山西麓に拠点を築いた時朝は徳蔵寺の僧兵を打ち破り、やがてはその勢いを恐れて敵対した正福寺勢を佐白山に攻め堂宇僧坊をことごとく破壊し滅ぼしてしまいました。
時朝はその後佐白山に笠間城を築き約400年この地を治めた笠間氏18代の祖となりました。
兵火に合い灰塵に帰した徳蔵寺は、難を逃れた諸仏を僅かに堂を構えて之を護り、大永2年(1522)空法上人来たりて再び徳蔵寺を現在の地に興すと伝わっています。
一方堂宇僧坊をことごとく破壊された正福寺も本尊は祀り続けられ、やがて宥明上人が再興し勝福寺と改め、貞享3年(1686)になって正福寺となり現在も法灯を護持しています
鎌倉時代になるとこの徳蔵寺は同じ真言宗の笠間市 正福寺との争いが絶えませんでした。
正福寺は百坊、徳蔵寺は三百坊といわれる勢力で抗争を繰り返していましたが、劣勢だった正福寺は下野の守護宇都宮頼綱に援軍を求め、元久2年(1205)頼綱は甥の塩谷時朝を派兵しました。佐白山西麓に拠点を築いた時朝は徳蔵寺の僧兵を打ち破り、やがてはその勢いを恐れて敵対した正福寺勢を佐白山に攻め堂宇僧坊をことごとく破壊し滅ぼしてしまいました。
時朝はその後佐白山に笠間城を築き約400年この地を治めた笠間氏18代の祖となりました。
兵火に合い灰塵に帰した徳蔵寺は、難を逃れた諸仏を僅かに堂を構えて之を護り、大永2年(1522)空法上人来たりて再び徳蔵寺を現在の地に興すと伝わっています。
一方堂宇僧坊をことごとく破壊された正福寺も本尊は祀り続けられ、やがて宥明上人が再興し勝福寺と改め、貞享3年(1686)になって正福寺となり現在も法灯を護持しています
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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