じょうどじ|高野山真言宗|極楽山
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国宝 極楽山 浄土寺
~お花まつり供養会~
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お釈迦さまのお誕生日を祝う行事、お花まつり。
また 仏生会(ぶっしょうえ)、灌仏会(かんぶつえ)ともいいます。
このお花まつりには、花御堂(はなみどう)を飾り、右手で天を指し左手で地を指していれ誕生仏に、甘茶を注いでお祝いをします。
お釈迦さまによる広大な恩恵に感謝し、その御誕生を讃え、また諸仏菩薩の徳を讃えて、懇ろに供養することによって、ご先祖様や新仏様の御霊もまた回向供養することとなります。
5月8日 午前8時~11時までにお参りにおいでの方より順に読経供養を下さいました。
施 浄土寺 浄土堂普通供養受付へ
普通供養 お布施 1000円
山号 極楽山
宗派 高野山真言宗
御本尊 薬師如来
阿弥陀三尊(国宝)
創建年 建久5年(1194)
開山 行基菩薩
(広渡寺)
札所
新西国三十三箇所 客番
御詠歌
もうずれば この世ながらの 浄土寺(じょうどでら)
るり安養(あんにょう)の 極楽のさと
加東準四国八十八所 第61番
文化財
浄土堂、木造阿弥陀如来及び両脇侍立像(国宝)
薬師堂、木造阿弥陀如来立像、木造重源坐像ほか(重文)
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小野市浄谷町2094
歓喜院
TEL(0794)62-4318
宝持院
TEL(0794)62-2651

兵庫県小野市にあるお寺です。
先に塔頭を投稿してしまいました。
山号は極楽山
宗旨宗派は高野山真言宗
ご本尊は、薬師如来、阿弥陀三尊(国宝)
です。
のどかな田園風景に囲まれた地にあるお寺です。
駐車場も広くてお参りしやすいです。
歴史については、今回は省略させてください。
1517年再建の薬師堂(重要文化財)
1197年建立の浄土堂(阿弥陀堂、国宝)
室町時代再建の本殿(重要文化財)
鎌倉時代再建の拝殿(割拝殿、重要文化財)
1632年再建の鐘楼堂(兵庫県指定有形文化財)
1520年再建の開山堂
どの建物も歴史を感じる古い建物です。
浄土堂には、国宝阿弥陀三尊像が安置されています。浄土堂は素晴らしい。
触ろうと思えば触れる距離に国宝があるんです。(もちろん触りませんけど)
仰々しく安置される寺がほとんどですが、浄土寺は違う。
民のための阿弥陀像だという思いが伝わります。
裏山には、江戸時代後期のものとされる四国八十八箇所石仏群があります。
アジサイ園もあり、6月にはこの裏山だけでも巡りたいものです。
いやぁ本当に好きになりました。
またお参りします。



国宝 極楽山浄土寺
~ お釈迦様のお誕生日に
天竺様 西方お浄土 ~
山号 極楽山
宗派 高野山真言宗
御本尊 薬師如来
阿弥陀三尊(国宝)
創建年 建久5年(1194)
開山 行基
(広渡寺)
札所
新西国三十三箇所 客番 霊場
御詠歌
もうずれば この世ながらの
浄土寺(じょうどでら)
るり安養(あんにょう)の 極楽のさと
加東準四国八十八所 第61番
文化財
浄土堂、木造阿弥陀如来及び両脇侍立像(国宝)
薬師堂、木造阿弥陀如来立像、木造重源坐像ほか(重文)
浄土寺は、俊乗房重源上人により、東大寺領大部之荘(小野市中心部で加古川東岸地一帯)内に建てられた。
浄土堂は、重源上人が入宋して学んだ『天竺様』という建築技法を用い、建久五年(1194年)に上棟された。
天井を張らない化粧屋根裏、太い円柱に差し込まれた肘木、それにかかる虹梁、鼻隠板を打った軒などにその特徴がうかがえる。
東大寺南大門とともに「天竺様」を伝える貴重な建物で、お堂としては、わが国唯一のものである。
阿弥陀如来及び両脇侍立像
三尊像とも名仏師 快慶の作である。
浄土堂の御本尊で、観音、勢至菩薩を両脇侍として立つ丈六の巨大木像である。
好天の日には、堂背の蔀戸から射し込む西日が床に落ち、その反射を背景に、西方浄土から雲に乗り、早来迎される阿弥陀三尊のお姿を拝することができる。
※「天竺様」「大仏様」ともいわれる。
♪Gandhara♪
In Gandhara, Gandhara
They say it was in India
Gandhara, Gandhara
The place of light Gandhara
はたまた頭に流れました♪
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薬師堂や開山堂、八幡神社、四国八十八所写など
小野市浄谷町2094
歓喜院
TEL(0794)62-4318
宝持院
TEL(0794)62-2651


高野山真言宗 極楽山 浄土寺
今回、浄土寺に到着したのが15時30分。
10月~3月末の期間は、拝観時間が午後4時までなのでギリギリじゃない?と思われるかもしれませんが、今回は意図的にこの時間を狙ってお参りしています。
実際に浄土堂の拝観者は昼間だとそれほど多くはないのですが、この時間帯は20人くらいが既に堂内に。
こちらの浄土堂は夕方になると西陽が西側の蔀戸(しとみど)から差し込み、床に反射した光が朱色の化粧屋根裏に照り返されて、国宝の阿弥陀三尊(阿弥陀如来:5.3m、観音菩薩:3.7m、勢至菩薩:3.7m)が赤く染められる設計になっています。
皆さんそれを目当てに夕方にお参りされるのですが、まだ若干日が高かったせいかそこまで堂内に日が差し込まずほんのり赤くそまっているかな?という感じでした。
夏から9月頃の夕方が一番見頃になるようです。
鎌倉時代、東大寺の再建工事の大勧進職となった俊乗房重源上人が所領として与えられた大部荘に大きな寺院を建立、それがこの浄土寺となります。
浄土堂は、建久5年(1194年)に上棟され、昭和32年の解体修理工事まで一度も解体されず風雪に耐えてそのままの姿で残っていたそうです。
この浄土堂(阿弥陀堂)と、本堂(薬師堂)は池を挟んで向かい合うように配置されています。
堂内を拝観できるのは浄土堂のみで、本堂は拝観できません。
また浄土堂内部は撮影禁止ですのでご注意ください。
お世話になっている仏師さんがオススメされていた浄土寺さん、ようやくお参りすることができました。
なんと!
浄土寺さんは、太陽の西日を計算し尽くして800年前に建てられて、今に残っています。
ちょうど西日の時間を目指してお参りしました。
西日にほんのり照らされる阿弥陀三尊様は本当に美しく、かつ、800年前に仏教だけでなく最先端の技術にも長けて、人々へ伝える力も持っている重源さん、本当に尊敬です。
隣の方に見方を教えていただいたのですが、
10回お参りしてるなかで、今日が1番美しいと教えていただきました。それも含めて仏縁。
ありがとうございます。
浄土寺さんについては、きどっちさんの投稿が詳しかったので、そちらをご覧ください。
https://hotokami.jp/area/hyogo/Hmzty/Hmztytr/Dmktz/11677/260181/

高野山真言宗 極楽山 浄土寺
今回は加東市方面へ向かう途中、浄土寺には1年以上お参りしていないなと思い、立ち寄らせていただきました。
浄土寺は、浄土堂とそこに安置されている阿弥陀三尊が国宝となっています。
よく晴れた日の夕方、西日が浄土堂内に差し込む頃に訪れると、阿弥陀三尊の背後から西陽が差し込み、床に反射した光が天井、そして阿弥陀三尊を照らし、赤く染められます。
この日は絶好の晴日だったのですが、この後に予定があり夕方まで待つことができなかったため断念。
赤く染まった三尊はまたの楽しみに取っておきます。
この浄土寺は重源上人の建立になります。
重源上人といえば、源平合戦で灰燼に帰した東大寺を復興させるため大勧進職となり、見事東大寺を復興させた僧侶になります。
その復興過程で、各地に東大寺の別所を創設。
七つの別所のうち、播磨別所と呼ばれるのがこの浄土寺になります。
もともとは行基上人が建立した広渡寺が荒廃、重源上人が現在地に移して浄土寺として復興。
その広渡寺の本尊だった薬師如来坐像を薬師堂に安置して本尊とされたそうです。

駐車場に車を停めて、境内へは左右どちらかの石段を上ります。

国宝 浄土堂(阿弥陀堂)
建久5年(1194年)に上棟
また同じく国宝の阿弥陀如来と両脇侍立像が安置されています。
三尊とも名仏師快慶の作になります。

【播磨國 古刹巡り】
浄土寺(じょうどじ)は、兵庫県小野市浄谷町にある高野山真言宗の寺院。山号は極楽山。本尊は薬師如来と阿弥陀三尊。浄土堂、木造阿弥陀如来及び両脇侍立像は国宝、薬師堂、木造阿弥陀如来立像、木造重源坐像、八幡神社本殿・拝殿等は国指定の重要文化財。
寺伝によると、奈良時代の僧・行基が当地近隣に当寺の前身である広渡寺を建立したのが始まりとされる。平安時代末期に僧・重源が荒廃していた広渡寺を浄土寺として復興させた。重源は1180年の平重衡による南都焼討で焼失した東大寺の大仏・大仏殿復興の大勧進で、復興事業の拠点として全国7カ所に東大寺の「別所」を創設したが、その一つ「播磨別所」として当寺を復興させている。1194年に現在地に移転し、寺名を浄土寺と改め、1197年に薬師堂(国重文)と浄土堂(国宝)を大仏様で建立した。薬師堂は戦国時代の1498年に焼失し、1517年に再建されている。
当寺は、JR加古川線・河合西駅の東南東4kmの田園地帯の平地にある。境内西端は大通り(県道75号線)に面していて、大きな駐車場があり、車でのアクセスなどは良い。大通りから少し奥まった位置にある境内は土地が少し高くなっていてフラット。中央に池と八幡神社、西側に浄土堂、東側に薬師堂(本堂)という構成。国宝の浄土堂内だけが有料拝観で、その他の重要文化財だけなら無料で拝観して廻ることができる。やはり、なんといっても強大な国宝・木造阿弥陀如来及び両脇侍立像と、これら仏像に合わせて建てられたという国宝・浄土堂が見どころ。浄土堂内にはこの3体の仏像が中央にあるのみなので、他の参拝者が多少多くても、あらゆる角度からゆっくり見ることができる。
今回は、浄土堂、木造阿弥陀如来及び両脇侍立像が国宝で、他にも国指定の重要文化財の建物が多数あることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、自分以外にも家族連れなど多くの参拝者が訪れていた。
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とにかく立派なお寺です。
浄土堂の阿弥陀如来立像は大きく、とても見事でした。
500円の拝観料は高いかな?と最初は思いましたが、それだけの価値は有りかなと思いました。
境内の東側にはお大師山があり、八十八ヶ所霊場もありましたが、また次の機会に。

県道75号線を走っていると大きな看板が立っています

国宝 浄土堂(阿弥陀堂)
ここに高さ5.3mの木造阿弥陀如来と、その両脇に高さ3.7mの観音菩薩と勢至菩薩が安置されています。
この浄土堂のみ拝観料500円が必要です。
ここで御朱印もいただくことができます。
なお浄土堂内は撮影禁止でした。

高さ5・3㍍の阿弥陀如来像と3・7㍍の観音・勢至菩薩像はスケール雄大です。阿弥陀様は座像が多く、ふくよかなイメージがあったのですが、ここの立像はすらっとしていて、シュッとした感じでスタイリッシュ。円形の台の上に3像が立っていて、360度自由に見ることができました。前面はもちろんですが、阿弥陀様の背中を真後ろから見る機会はあまりなく、見とれていました。阿弥陀様の大きな背中が格好いい。「オレについてこい」という感じでお顔以上に頼りがいを感じます。
浄土堂は3像が夕日で赤く染まる光の芸術で知られますが、訪れた日は残念ながら夕方までいることはできませんでした。お寺の女性の方にお聞きすると、冬はあまり染まらず、ベストシーズンは夏場の7月下旬からお盆のころだそうです。是非また来ます。
また、女性の方が「南の格子戸から陽が入ってきたでしょ。北側から見ると阿弥陀様のお顔に陽が当たって高い鼻がはっきりみえ、いいお顔です」。なるほど、光の加減で顔立ちも微妙に変わってきます。
京都、奈良の有名なお寺に比べて、交通の便が今ひとつで訪れる人も多くありませんでしたが、とびきりのお寺でした。
浄土寺の阿弥陀如来像。高さ5・3㍍と迫力十分ですが、真後ろから見る阿弥陀様の背中も必見。格好いいです(小野市のパンフレットから)。
国宝・浄土堂。外見は地味でしたが、中は驚くほど大きくお寺さんというより倉庫というか施設というか阿弥陀ロボを格納する秘密基地のようでした。
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