だいかくじ|律宗|月峯山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方大覚寺のお参りの記録一覧
絞り込み



律宗 月峯山 大覚寺
摂津国八十八箇所巡礼 第65番札所
尼崎寺町七福神めぐり 弁財天
現存する尼崎最古の古刹とのこと。
数多くの歴史上の著名人と関わりがあるお寺でもあります。
御朱印は本堂裏にある庫裏でいただくようになっていたのですが、庫裏にはどなたもいらっしゃらなかったようで今回はご縁がなかったようです。
毎年節分には「大覚寺身振り狂言」や「芦刈からくり人形」の上演が行われるそうです。
この身振り狂言は、大覚寺内にある能台にて、鰐口と締太鼓の音を伴奏として、身振りだけで演じられる台詞のない狂言なのだそうです。
また「覚一本・平家物語」を完成させた覚一検校が足利幕府と関係を深めながら、琵琶法師達と活動の拠点とした場所でもあるそうです。
そのため「覚一本平語相伝次第」と呼ばれる覚一検校と平家物語の伝来に関わる古文書が残されており、さらに足利二代将軍義詮が半年間在陣したようです。
<御本尊>
十一面千手観世音菩薩
<縁起>~大覚寺HPより抜粋~
聖徳太子が百済の高僧・日羅上人に命じられて、瑞光に輝く長州の浦(現在の尼崎市東本町「大物」)に「灯炉堂」を建設されました。
大覚寺の創建は、この「灯炉堂」が起源と言われています。
「灯炉堂」の地に「月峯山大覚寺」が建立されたのは、鎌倉時代中興琳海上人の時です。(建治元年(1275))
室町幕府も最後の頃、永禄十二年(一五六九)二月二十八日、織田信長は三千人の将兵を別所に陣取らせ尼崎の住人に失銭(軍用金)を強要しました。
このとき住人が拒否したことから争乱となり、住人三十余人が殺され、このあたり一帯は焼き討ちにあい大覚寺も伽藍のほとんどを焼亡しました。



最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ


















































