ひじおかてんまんぐう
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楽しみ方臂岡天満宮へのアクセス
基本情報
駐車場に関する投稿(2件)

伊丹市の緑ヶ丘公園から北東にすぐのところに鎮座。
神社周辺はとても細い道路でどこから神社の駐車場に入ってよいのか判りにくかったですが、なんとかたどり着くことができました。
大きな車の方は、車では来ないほうがいいかもしれません。
昔、この地の良霊寺という七堂伽藍のお寺があったようですが炎失し、その後建立の願主もなく、旧跡が残るのみとなっていたそうです。
そこへ昌泰4年(901年)、菅原道真公が筑紫へ御下向の時に立ち寄られ、「我赦免を蒙りなは此所をふたたび仏法繁昌の霊地となすべし」と残されたそうです。
以下は境内の由緒書より
『延喜年間(901~923)の創建と伝えられている。通称「いもじの天神」と云う。
「いもじ」の地名は、中世に各地を移動して武士や民衆に金物を供給したり、寺の鐘を鋳造したりした職人集団である「鋳物師(いもじ)」に由来しているものと思われる。
祭神は道真公ほか。
道真公は醍醐天皇に左遷され、筑紫へ行く道中で北村の「いもじ」に立ち寄り、あられ茶を飲みながら肘を枕に休まれたのでそれ以来、この丘が肘岡と呼ばれるようになったといわれている。
後にこの地に建立された社を臂岡天満宮と名付けたものである。
また道真公の出立にあたって、村の男衆が大きなおむすびをたくさん作って差し出し、道中の無事をお祈りしたといわれていることから、現在でも祭りの折にはおむすびを供え、参拝の人々に配って無病息災をお祈りしている。』
ちなみにこちらの臂岡天満宮様では、御朱印はないとのことです。
もっと読む
【御祭神】 菅原道真公
創建 901〜902頃
通称 『いもじの天神』
(ネットから抜粋)
菅原道真公は幼少期より神童と呼ばれ、学問に長じていたが、最期は九州太宰府で不遇の死を遂げた
貴族社会の権力闘争や嫉妬の果てに左遷された道真公は、死後に怨霊と化した
道真公の怨霊を鎮めるために神として祀られているとの事
臂岡天満宮は、その左遷の道中に道真公が立ち寄った縁の場所とされている
⛩️ 住宅地の中に鎮座されています。
狭路の為、辿り着くのが少し大変かも
P駐車場も⛩️近くの福祉施設の前に3台位はおけるかもです💦💦
御朱印は現在のところはありません😭
(貼紙がありました)

⛩️鳥居(参道の反対方向にP有り)

【神牛社】 道真公の危機を幾度となく救った忠犬ハチ公ならぬ忠牛ハチ公でした、
誇らしげに境内の真ん中に鎮座されてます
厄除け祈願にも良いとか・・・
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