たいりゅうじ|東寺真言宗|再度山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方大龍寺のお参りの記録一覧(2ページ目)

神戸七福神では大黒天をお祀りしています。
神護景雲2年(768年)称徳天皇より勅命を受け摂津国に寺院を建てる事になった和気清麻呂が、直前に夢枕に立った行基菩薩作の聖如意輪観世音菩薩像を授かり、これを本尊とし寺院を建立したのが始まり。
山号の再度山(ふたたびさん)の由来は、空海が参詣後に遣唐使として唐に渡り、帰国後に再度訪れた事から。
御朱印を頂きに寺務所へ伺いました所、粕汁を振舞って頂きました。とても美味しかったです。お手伝いを競い合っていたお子様達が凄く可愛らしかったです

山門

仁王門






權倉稲荷神社鳥居
※境内へは、こちらからも登れます(繋がってます)





ヤマ黒蛇神のお塚


大師堂(本堂)


毘沙門堂




權倉稲荷神社社殿



修行大師


不動堂

諸天堂
生駒山観喜天御分身・十一面観世音菩薩・本尊阿弥陀如来・豊川稲荷御分身

奥の院大師堂


霊明殿(寺務所・納経所)

粕汁を振舞って頂きました
感動のおもてなしでした。




私は、神戸市立外国人墓地に先祖の墓参りに行く時に大龍寺を訪れます。
その中の一角に写真にある「緒方中佐の記念碑」があります。
たまたまですが、それを目にして以来、私はこの大龍寺を通る時にはお参りをします。
緒方中佐については、写真の説明をご覧ください。
第二次世界大戦末期、連日のように日本各地の都市に対し無差別空襲を実施するアメリカ軍の大型爆撃機 B-29 は、高い高度のところを飛んでいるので、日本軍の性能が低い高射砲では砲撃が届きません。B-29 は自分たちは安全な場所を飛びながら好き放題に無差別爆撃をし、数多くの一般市民が犠牲になっていましたが、歯痒いことに日本はそれを迎撃出来ずにいました。
そんな中、勇猛果敢な緒方中佐は、その B-29 の編隊を神戸で迎え撃ち、そのうちの一機とこの大龍寺上空付近で交戦をしました。
その敵機は墜落し敵の乗員は全員戦死しましたが、緒方中佐も戦死でした。
緒方中佐は、どんな気持ちで亡くなっていかれたのか?折しも、私の母と同郷の緒方中佐は、故郷熊本のご家族や友人知人、大切な人のことを想い、「身近なその人たちを護る」という気持ちであったのではないでしょうか。
戦争は本当に嫌です。戦争は急には起こりません。戦争によって得をする誰かが「準備をして」起きる(起こす)ものです。
もう二度と先の大戦のような悲劇が起こらないように、この緒方中佐の記念碑をお参りする時には緒方中佐のご冥福と世界の平和をいつも祈っています。

水子供養地蔵さん

Main Gate

神戸市中心部から市バス(25系統)で行くことも可能ですが、12月〜3月の冬場は運行しないので注意してください。写真のバス停は中山手3丁目です。

戦死された緒方中佐の碑

戦死された緒方中佐の碑

仁王さん



仁王さん

緒方中佐に関する説明文
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
























































1
0