たいりゅうじ
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楽しみ方大龍寺のお参りの記録(3回目)
投稿日:2025年04月02日(水) 23時50分14秒
参拝:2025年3月吉日
東寺真言宗別格本山 再度山 大龍寺
近畿三十六不動尊霊場第九番札所
西国愛染霊場第五番札所
摂津西国三十三ヶ所第六番札所
神戸七福神霊場(大黒天)
神戸十三仏霊場第六番札所
摂津八十八ヶ所第八十二番札所
近畿十楽観音第八番札所
ぼけ封じ三十三ヶ所第八番札所
ご本尊 如意輪観音
約3年ぶりの参拝となります。
到着したのが午後4時だったため、納経所はもう閉まっていましたが、とにかく参拝だけでもしたく寄らせていただきました。
新神戸駅から車で15分ちょっと走ったところとは思えないほど、山の中の木々に覆われた場所で、本当にここは神戸市中央区?と思ってしまいます。
創建は1250年ほど前の神護景雲2年(768年)とされています。
全国各地に第二次国分寺的な寺院を建立せよとの勅命があり、和気清麿公は摂津の国の担当となって建立地を探していました。
その頃、天皇の寵愛を受けたいと願う弓削道鏡が清麿公を暗殺しようと刺客を差し向けたそうです。
清麿公がこの地で休憩しているところを刺客たちに襲われますが、沢から大きな龍が現れて刺客たちは逃げ出し助かったとか。
そしてここに一寺を建立し、行基菩薩が一刀三礼して彫り上げたという聖如意輪観世音菩薩像を本尊として祀りました。
当初の山号は摩尼山だったそうです。
その後、若き弘法大師様が遣唐船に乗ることを許され、渡航安全と大願である「自分の求める教え」に出会えるよう当山を訪ね祈られたのだとか。
2年で帰国され太宰府で数年間勾留されたのち、都へ上がることを許された際、再び当山にお礼参りをされたそうです。
弘法大師様の再度御登山されたことから、再度山と呼ばれるようになったそうです。
近畿三十六不動尊霊場第九番札所
西国愛染霊場第五番札所
摂津西国三十三ヶ所第六番札所
神戸七福神霊場(大黒天)
神戸十三仏霊場第六番札所
摂津八十八ヶ所第八十二番札所
近畿十楽観音第八番札所
ぼけ封じ三十三ヶ所第八番札所
ご本尊 如意輪観音
約3年ぶりの参拝となります。
到着したのが午後4時だったため、納経所はもう閉まっていましたが、とにかく参拝だけでもしたく寄らせていただきました。
新神戸駅から車で15分ちょっと走ったところとは思えないほど、山の中の木々に覆われた場所で、本当にここは神戸市中央区?と思ってしまいます。
創建は1250年ほど前の神護景雲2年(768年)とされています。
全国各地に第二次国分寺的な寺院を建立せよとの勅命があり、和気清麿公は摂津の国の担当となって建立地を探していました。
その頃、天皇の寵愛を受けたいと願う弓削道鏡が清麿公を暗殺しようと刺客を差し向けたそうです。
清麿公がこの地で休憩しているところを刺客たちに襲われますが、沢から大きな龍が現れて刺客たちは逃げ出し助かったとか。
そしてここに一寺を建立し、行基菩薩が一刀三礼して彫り上げたという聖如意輪観世音菩薩像を本尊として祀りました。
当初の山号は摩尼山だったそうです。
その後、若き弘法大師様が遣唐船に乗ることを許され、渡航安全と大願である「自分の求める教え」に出会えるよう当山を訪ね祈られたのだとか。
2年で帰国され太宰府で数年間勾留されたのち、都へ上がることを許された際、再び当山にお礼参りをされたそうです。
弘法大師様の再度御登山されたことから、再度山と呼ばれるようになったそうです。

山門


仁王門前には水子地蔵尊

仁王門



仁王門をくぐると左手には赤鳥居があります。
権倉稲荷大明神に続く参道になりますが、こちらには行かずまっすぐ本堂に向かって参道を進みます。
権倉稲荷大明神に続く参道になりますが、こちらには行かずまっすぐ本堂に向かって参道を進みます。

参道は緩やかな石段が続き、その脇には西国三十三観音が並んでいます


本堂





毘沙門堂



権倉稲荷大明神

鐘楼

護摩堂


こちらはおまけ
大龍寺に向かう途中、神戸では有名な夜景スポットの一つ「ビーナスブリッジ」に立ち寄りました。
何十年ぶりに来たんだろ?
大龍寺に向かう途中、神戸では有名な夜景スポットの一つ「ビーナスブリッジ」に立ち寄りました。
何十年ぶりに来たんだろ?
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