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住吉神社の総本社は大阪の住吉大社だと思っていたのですが、こちらの本住吉神社が起源であるという説もあるようです。
ご由緒によると、
神功皇后が九州から難波に向かわれようとせられたところ、どうしたことか御船が動かなくなり、務古の水門にお帰りになり占われましたところ、住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)は、「わが和魂を大津渟中倉之長峡にまつれ、そこで往来する船を見守ろう」と仰せられたので、ここにその住吉三神をお祀りになりました。
後に神功皇后を併せてお祀りして、当社御祭神は住吉大神と神功皇后の御四柱となりました。
とあります。
上記は大阪の住吉大社のことであるという話もあり、本当のところは謎ですね。
神戸市東灘区住吉宮町7−1−2
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本住吉神社
主祭神 底筒男命
中筒男命
表筒男命
神功皇后
社格等 県社
祭礼 5月13日
住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)および神功皇后を主祭神とし、
天児屋根命・大山津見命を配祀する。
社伝では、日本書紀において、神功皇后の三韓征伐からの帰途に船が進まなくなり、神託により住吉三神を祀ったと記される「大津渟中倉之長峡(おおつのぬなくらのながお)」の地が当地であり、当社が住吉三神鎮祭の根源であると伝え、そのために古くから「本住吉」と呼ばれるとしている。「大津渟中倉之長峡」の地は現在の住吉大社であるとする説が有力であるが、当社では住吉大社も当社からの勧請であるとしている。
社名「本住吉」は、本居宣長翁が『古事記伝』(1798)の中で、「吾が和魂をば大津の淳中倉の長峡に居さしむべし。すなわち因りて往きかよう船をみそなわさん」
(大津渟中倉長峡は菟原郡の住吉である)と説かれたはるか以前の貞永2年(1233)の文書にも既に書かれているから、大阪住吉大社の本(もと)の神社の意で「本住吉」と往昔より称せられていたものと思われる。
東灘区渦森台北端の西山谷(住吉川の支流)西岸に奥宮(1970年建立)
主神:住吉三神 配神:神功皇后・宗像三女神・厳島大神(宗像三女神と同じ)・オオヤマツミ)がある。
祭礼が終わりましたので?
工事中でした。涙
兵庫県神戸市東灘区住吉宮町7丁目1-2
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| 住所 | 兵庫県神戸市東灘区住吉宮町7−1−2 |
|---|---|
| 行き方 | JR神戸線住吉駅から徒歩1分
|
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