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ひとつの区切りを迎えられました。
記念の投稿はどこにしようかと迷いましたが、歴史ある生田神社にしました。
個人的にも今までご縁があり、思い入れのある神社です。
さらにこの日は午後から仕事のため午前中に参拝しましたが、午後の仕事もとてもうまく進み、生田の神様に助けていただいたような気がしました。
日本書紀によると、神功皇后摂政元年(201年)三韓出兵の帰途、今の神戸港にて船が進まなくなったために神占を行ったところ、稚日女尊が「私は活田長峡国に居りたい」と申されたので、海上五十狭茅を神主として祀られたとのこと。
御祭神は稚日女尊ですが、天照大神の和魂、あるいは妹神ともいわれており、そのためか伊勢神宮とのご縁もあるようです。
御祭神は他にも、本殿向かって右側に応神天皇・表筒男命・中筒男命・底筒男命、左側に武御名方命・大山咋命が祀られています。
元々はここよりもう少し北側の砂山(いさごやま・現在の布引山)に祀られていたそうですが、延暦18年(799年)に大洪水で砂山西端が崩壊、社殿が傾斜したため現在地に移されたそうです。
このとき、松の木が社殿に倒れて被害があったため、現在境内には松の木が1本もないとか。
また神戸という地名の由来は、この生田神社からとHPに記載がありました。
『大同元年(西暦806年)朝廷より当社の為にお供えする家、世話をする家、守る家である神戸かんべ44戸を頂いたとあり、この「かんべ」が「こんべ」となり現在の「こうべ」となったと伝わっています。』
本殿北側には「生田の森」があり、ここは源平合戦の戦場の一つで、平家軍の平知盛や重衡らが陣を張っていたそうです。
さらに平安時代の「枕草子」にも記されているほど由緒ある森です。
生田の森の中にいると神戸・三宮の真ん中にいることを忘れるほど静かで心の落ち着く場所でした。

二の鳥居
一の鳥居はここから400mほど南側にあります。
二の鳥居は元々石鳥居でしたが、阪神・淡路大震災で倒壊。
伊勢神宮内宮本殿の棟持柱だった古材を再利用し生田神社に鳥居が贈られました。
その後20年が経過して老朽化したため、再び伊勢神宮側に「鳥居を譲り受けたい」と依頼し、2015年に設置されたのが現在の二の鳥居です。

三の鳥居

主祭神、稚日女尊をありがたく参拝させていただきました。
この日六甲から下ってきたので姉妹の神様を順に参拝させていただいたことになります。
駐車場へ入る道は細いですが入ってからは誘導もしてもらえて楽に駐車できました。
十三参りの季節に入ったこともあって拝殿横には来年の干支の寅も飾られていました。
個人的に平家物語の生田の森の大将だった平重衡に興味があったので生田の森を散策
するのも感慨深いものがありました。
社務所で直書きの御朱印と冬詣の御朱印をいただきました。
境内社に蛭子神も祀られているので蛭子神と添え書きをして御朱印をいただけないかと
お願いしてみたのですが主祭神でないのでできないと言われました。
蛭子神用の御朱印帳には生田神社の御朱印をいただきました。


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