とうせんじんじゃ
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楽しみ方湯泉神社のお参りの記録一覧

この日の1カ所目です。
有馬にあります。
昨日訪問した、温泉寺などの近くにあります。
神社の方へ。朝早くから、御朱印に対応いただき、誠にありがとうございます。
この近辺では、道端から温泉?の湯気が出ているところもあります。
















六甲山最高峰登山の帰りに有馬温泉に下山。
温泉に入る前に湯泉神社にお詣りしました。
御朱印帳に直書きしてもらえました。
最近は多いですが、¥500に値上がり。

御朱印
小槌は金色で神社名は銀色
有馬温泉の金泉銀泉に因んだのか


少し長めの石段あります

創建不詳。
927年撰上の延喜式神名帳に記載があり平安時代以前の歴史があることが分かる。
日本書紀には舒明天皇・孝徳天皇・白河法皇が参拝したと記されている。
温泉寺の隣、愛宕山中腹に鎮座する。
かつては愛宕山山麓の温泉寺境内に社殿があったが1885年現在地に遷された。
有馬温泉の守護神として崇敬される。

拝殿

拝殿


本殿

本殿




國津社

天津社

子安堂




金刀比羅神社

吉高神社

胸形神社(弁天社)

胸形神社(弁天社)

妙見堂

妙見堂

妙見堂


湯泉(とうせん)神社ですね。
どうしても温泉神社と勘違いしてしまいますね(^^;)
すぐ近くに「温泉寺」があるだけに・・・
「温泉寺」→「有馬天神社」→「極楽寺」→「念仏寺」
→翌日「湯泉神社」の順でお参りしました。
あまりの寒さと、昼ごはんの順番待ちで計画通りには回れませんでした。
オススメはまずは「有馬天神社」→「極楽寺」・「念仏寺」・「温泉寺」→「湯泉神社」の順です。
「有馬天神社」の御朱印を頂くのは、「湯泉神社」なので。
温泉だけでなく、食べ歩きにも楽しい町でした。
雪が降ったのも良き思い出です♪







無人でしたので、自分で1000円を納めて、
前日にお参りした「有馬天神社」と「湯泉神社」の書置きを頂きました。
おみくじやお守りも無人のため、自分でお金を納める必要があるので、
1000円札と100円玉が必須です。

かりんとう温泉まんじゅう
お店の正式名称がどちらかわかりません(^^;)
「三ツ森和菓子工房」か「和菓子工坊ありま」か・・・
漢字も違うし・・・店名が変わったのでしょうかね?

「竹中肉店」のコロッケ

「アリマジェラテリアスタジオーネ」のジェラート

ホテルのロビーに置いてあったこの地図がわかりやすかったです

有馬温泉を発見したといわれる大己貴命、少彦名命と熊野久須美命を祀る。
有馬温泉の守護神として信仰されている。

拝殿

拝殿


本殿

本殿

國津社

子安堂

天津社

金刀比羅神社

吉高神社

胸形神社(弁天社)

胸形神社(弁天社)

妙見堂




有馬温泉の守護神として崇敬されている湯泉神社です。
もともとは一の鳥居のすぐ近くに建つ温泉寺境内にあったそうですが、明治16年に現在地に遷座されました。
温泉街はかなりの数の観光客で賑わっていましたが、さすがに石段を上ってこちらまで来られる人は少ないなと思ってほぼ独占状態でお参り。
そろそろ帰ろうかなとしたところに多くの方が石段を上って来られました。
タイミングとしてはラッキーだったのと、少しでも多くの方にお参りしていただき神様も喜ばれていらっしゃるかなと思いつつ、石段を下りて帰途につきました。
湯泉神社のご由緒 ~湯泉神社HPより~
日本古来の温泉「有馬温泉」の中心に鎮座し、有馬の氏神・温泉守護神として崇敬されている湯泉神社は、大己貴命・少彦名命・熊野久須美命の三神をお祀りしています。
当社の草創期におけるご祭神は、大己貴命(大黒さま)と少彦名命(医薬の神)でした。
神代の昔、ご祭神の二神が人々を病気から守るため、国々を旅し、薬草を探しに歩かれた時、傷ついた三羽のカラスが赤い水を浴び、傷を治療しているのをごらんになり、有馬の温泉を発見したと伝えられています。
ついで、仁西上人有馬再興(1191年)の伝記の頃から、熊野信仰の影響を受けて、熊野久須美命を併せ祀り、有馬温泉鎮護三神と呼ばれるようになりました。
当社の歴史は古く、延長5年(927年)に撰上された「延喜式神名帳」に有馬郡の大社にかぞえられています。
「日本書紀」には、舒明天皇・孝徳天皇・白河法皇等の参拝も記録されています。
毎年1月2日に「入初式」が行われ、湯泉大神と有馬の開祖行基・仁西両上人に感謝すると共に、その年の初湯を神前に奉り、有馬温泉の繁栄と安全を祈願します。これは、江戸時代から続いている、神仏合同の古式豊かな祭典です。
また当社は、子宝・子授けの神としても有名で、子宝に恵まれない人は、有馬の湯に浴し、当社で祈願すれば子宝に恵まれると伝えられています。なかでも、「玉鉾さま」「阿福さま」と呼ばれている子授けのお守りは全国各地より求められています。
これは、平安時代末期につくられた「伊呂波字類抄」という日本最古の辞書にも記載されていますが、子宝に恵まれない人々が、男形・女形それぞれの形をつくり、夜陰ひそかに神前に献じ、子授けの祈願をしていたことに端を発しています。

一の鳥居
このすぐ左手に温泉寺があります

石段の両脇に灯籠
この感じ、個人的に好きなんです

石段を上りきったところに二の鳥居

拝殿

贔屓ちゃんの彫刻


拝殿右上には、摂社を含めた御祭神

拝殿左上には、御由緒略記

以前の参拝時には気付いていなかったのですが、拝殿内には多くの絵が掛けられていました。
何か文字も書かれているようでしたが、遠くてよく見えませんでした。

狛犬さん

この吽形狛犬さんの顔も結構好きなんです。

本殿向かって右隣の摂社 天津社

本殿向かって右隣の摂社 國津社

摂社 金刀比羅神社

子安堂と大黒天

吉高神社

摂社 胸形神社

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