さんだてんまんぐう
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三田の参拝、次は三田天神社。
正確な由緒はわからないようですが、HPによると千数百年前から三田神祠として大歳大神を祀っていたようです。その後、天神様を祀る天満神社となり、明治に入り周辺の神社を合祀、となったようです。
境内はかなり広く、摂社末社も立派でした。氏子の方々が来られていて、宮司さんにお尋ねすると前日は豆まきをされたようでした。
一の鳥居。
二の鳥居。奥は隋神門。
舞殿と奥に拝殿。
拝殿の所信取り損ね!なので拡大写真。
天神様と言えば牛。
ここは摂社末社が立派。拝殿向かって左手に鳥居。
石段登ってさらに鳥居。
鳥居を潜ると左から金刀比羅宮、八幡宮、淡島神社
本殿が少し見えます。
今度は拝殿右手、また鳥居。
朱塗りの鳥居。奥に古城姫髙稲荷神社。
手前には素盞鳴尊社と意志神社。ご神体の石にコインがうまく乗ると意志を貫けるそうです。成功!!
三田の小高い丘の上に鎮座されています。
千数百年前、大歳大神(農業神)をお祀りする三田神祠だったそうですが、菅原道真公の神輿のお休み処であったと言い伝えられているそうです。
天文14年(1545年)、領主であった赤松村秀によって天満神社と改められたとされています。
寛永10年(1633年)三田藩主の九鬼久隆により、代々の三田藩主の御祈願所となりますが、享保19年(1734年)に火災により社殿などが焼失。
元文4年(1739年)、第7代藩主の九鬼隆由により現在の社殿が寄進されたそうです。
境内をまわっていると、約260年続いた三田藩主・九鬼家の御祈願所として大切にされてきたのだろうなと感じることができました。
一の鳥居
二の鳥居
この右手前に駐車場があります
随神門
三田藩士出身・九鬼隆一男爵筆の扁額「遺徳燿萬春」
~徳を遺し萬春に燿く~
随神門を抜けてまっすぐ続く参道
拝殿
拝殿前には狛犬、そして丑さん
拝殿向かって左手から進んでみます
金刀比羅宮
八幡神社
本殿 横から
本殿前には白い狛犬さん
本殿彫刻
連理
淡島神社
本殿 後方より
古城姫高稲荷社
素戔嗚尊
意志神社
竈戸社
舞殿
御朱印
参拝しました。沢山の参拝者が居られました。専用駐車🅿️🚗場あります。直書き御朱印を頂きました😉
直書き御朱印です。
神社入り口の鳥居です。この先に駐車🅿️🚗場あります。
鳥居です。
手水舎です。水が凍ってました😅
鳥居と社殿です。
本殿です。
絵馬掛け。
マスク😷してました😃
歴史
三田天満神社は凡そ千数百年以前、三田神祠(じんじ)と号して大歳大神(おおとしのおおかみ)をお祀りしてまいりました。三田という地名も和銅六年(713)風土記編纂の折、大歳大神の御領田(みけだ)の意味で三田と書かれたところから来ていると古書に記されており、延喜式以前の神社です。
名称 | 三田天満宮 |
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読み方 | さんだてんまんぐう |
通称 | 天神さん |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 079-562-2647 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.eonet.ne.jp/~sandatenjin/ |
絵馬 | あり |
詳細情報
ご祭神 | 《主》菅原道真《合》大歳大神,伊弉諾尊,伊弉冊尊,大己貴命,少彦名命 |
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ご由緒 | 三田天満神社は凡そ千数百年以前、三田神祠(じんじ)と号して大歳大神(おおとしのおおかみ)をお祀りしてまいりました。三田という地名も和銅六年(713)風土記編纂の折、大歳大神の御領田(みけだ)の意味で三田と書かれたところから来ていると古書に記されており、延喜式以前の神社です。 |
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