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みやつべんてんぐう

宮津弁天宮のお参りの記録一覧
北海道 八雲駅

酉年
酉年
2024年08月17日(土)
5投稿

フェリーからも見えます。
(江差から来て右側)。

164段の階段があります。

階段は急で虫も多いですが、その分趣があり、ご利益もありそうな気もしてきます。

宮津弁天宮(北海道)

駐車場側から。

宮津弁天宮(北海道)

急な階段。

宮津弁天宮(北海道)

漁港側。
本来はこちらが正式な参道のようです。

宮津弁天宮(北海道)
宮津弁天宮(北海道)

お神輿。
最近は担ぎ手がいないとのこと。

宮津弁天宮(北海道)

海亀の甲羅が飾られていました。

宮津弁天宮(北海道)
宮津弁天宮(北海道)
宮津弁天宮(北海道)

帰り道。
右に映っているのが漁港側、元の参道。

宮津弁天宮(北海道)

御朱印

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伊豆山神社
伊豆山神社
2020年10月19日(月)
37投稿

島のように見える、大きな岩の塊の上に鎮座します。
駐車場から84段の石段を降り、80段の石段を上がり、さらに少し登ると社殿が建ちます。
車で漁港側へ迂回すると、84段の石段は通らなくてすみます。

神社にある説明書きを紹介します。

『奥尻町指定文化財 宮津弁天宮』
この神社は文政年間(1818〜1829)に、宮津地区の漁民の手によって氏神として境内と社殿が創設され、海上安全と豊漁を祈願して弁財天が祀られました。
その後、改めて広島の厳島神社より宗像三女神が祀られ、天保12年(1841)に祭神(長女の澳津島姫命)が奥尻地区に移され、現在の澳津神社となりました。
以降は「宮津弁天社」や「中津島神社」とも呼ばれています。

この岩山には、古くは9世紀頃のオホーツク文化の遺跡(宮津遺跡)や、16〜17世紀頃のアイヌの砦であるチャシ(宮津チャシ跡)が築かれていたと考えられ、その ”チャシ” は ”茶津” (宮津の旧名)の語源になったと言われます。奥尻海峡を行き来する舟を見渡せる場所であり、神社が建立される以前から奥尻島において重要な場所であったと思われます。
本殿は大正2年に改築、昭和45年に新築建て替え、平成11年に改築されています。島内最古の神社祭祀の場所として、また景勝地として重要であることから、町指定有形文化財となりました。
 奥尻町教育委員会

宮津弁天宮の景色

10台ほど止められる駐車場があり、そこから撮った写真です。
向こうに、うっすらと北海道本土が見えます。

宮津弁天宮の景色

急な階段ですが、手すりを頼りにゆっくり下へ降ります。
下に鳥居が立ち、向かい側にも急な階段があるのが見てとれます。
ちなみに、ここから左手方向へ坂道になっている車道を下ってずーっと回り込むと、この階段を降りることを回避できます。

宮津弁天宮の鳥居

崖下に立つ鳥居と、神社へ上がる階段です。
手すりがあるので、思いのほか登りやすいです。

宮津弁天宮(北海道)

赤い手すりのある部分を登りきったあと、さらに少し登ります。

宮津弁天宮の本殿

ここが頂上で、社殿が建ちます。
ふだんから手入れされているようで、綺麗な社殿そして境内です。

宮津弁天宮の本殿

拝殿、本殿一体の社殿を、正面やや右手から撮影。
この時は、朱塗りが陽の光にあたり美しいです。

宮津弁天宮の景色

社殿横から東方向をみると、北海道本土とその間の海が一望できます。

宮津弁天宮の建物その他

帰りに、来た方向を見ると、このような感じです。

宮津弁天宮の鳥居

道路脇の駐車場から坂道を下り、けっこう迂回しないといけないですが、漁港側からも行くことができます。

宮津弁天宮の周辺

やや傾斜はありますが、けっこう広い駐車場が整備されています。
この坂道(道道39号)を左手に下っていくと、小さな漁港があります。

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