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いつくしまじんじゃ

厳島神社の御由緒・歴史
北海道 増毛駅

ご祭神《主》市杵島姫命,保食神,神竜宇賀之霊神
ご由緒

宝永年間(1704-1711)松前氏は漁場の区域を定め、増毛場所を家臣下国兵太夫の采地とした。渡島国松前の商人村山伝兵衛は下国兵太夫に代わって運上屋を設け漁業並びに人事に関する諸般を管理支配するにあたり、運上屋の守護神として厳島神社を祀った。安永天明のころ伊達浅之助がこれに代り、後文化年中伊達林右衛門が管理支配する。文化13年7月伊達氏が平素から深く尊崇していた安芸国厳島神社より市杵島姫命の御分霊を奉斎した。文久元年5月社殿を再建し明治9年増毛郡総鎮守として社格を郷社と定め開拓使より御神霊を奉られ、同年7月15日に正遷座祭を執行した。明治26年安芸国厳島神社より御分霊を奉斎し、同年4月24日遷座祭を執行した。明治32年社殿を移転落成し、同年本殿新築の議起り同34年落成遷座祭を執行した。昭和42年、開道百年の遺跡として、道知事より指定を受ける。平成2年、本殿を増毛町有形文化財指定第1号に指定される。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
3吉神社 大己貴神・小彦名神 安政3年創祀 平成8年9月合祀

歴史
歴史[編集] 1706年(宝永3年)、増毛に運上屋を設けた村山伝兵衛が弁財社を祭ったのが創祀である[1]。 その後、安永・天明年間に増毛の管理者は伊達浅之助に代わり、さらに文化年間には伊達林右衛門がその地位に就いた[1]。1816年(文化13年)7月、伊達氏が信仰する安芸国厳島神社より市杵島姫命の分霊を祭る[1]。 1861年(文久元年)5月、社殿を再建[2]。 1876年(明治9年)、「増毛郡総鎮守」として社格を郷社と定められる[1]。 1893年(明治26年)、安芸国厳島神社より改めて分霊を祭る[1]。 1899年(明治32年)に社殿を移転するが、同年に本殿を新築しようという話が持ち...Wikipediaで続きを読む
引用元情報厳島神社 (増毛町)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%8E%B3%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E5%A2%97%E6%AF%9B%E7%94%BA%29&oldid=102318210

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