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ほんぎょうじ|浄土真宗本願寺派真如山

本行寺
北海道 音別駅

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くま
くま
2025年03月16日(日)
137投稿

釧路米町公園近くにある、浄土真宗本願寺派の真如山本行寺に参拝と参拝記念消しゴムはんこをいただきにやってきました。
浄土真宗本願寺派では、御朱印と言う形での授与は基本的にはやってませんが、今回当寺は国指定有形文化財指定を記念して同派の新潟小千谷にある極楽寺住職であり消しゴムはんこ作家の麻田住職が彫られた参拝記念を対応するとのことでやってきました。
常例法座開催で多忙な中、寺務所で坊守に初消しゴムはんこを押印頂きました。
いつでも参拝にいらしてくださいと言われ、また次回はゆっくり啄木資料館も拝見したいと思います。
また、宣伝宜しくと言われましたので興味ある方是非宗派とらわれずに参拝に足を運んでください。

本行寺の御朱印

小千谷にある極楽寺麻田住職作の本行寺参拝記念消しゴムはんこです。
石川啄木が当寺でカルタ会に興じた縁で「歌留多寺」と呼ばれている。
寺務所で坊守に対応いただきました。

本行寺の御朱印

国有形文化財登録された、本行寺本堂。

本行寺の御朱印

国有形文化財登録された、旧納骨堂。

本行寺(北海道)

本行寺の山門になります。

本行寺(北海道)

山門にかかる扁額です。

本行寺(北海道)

石川啄木の歌碑になります。
山門の横に啄木歌碑が建っており、碑面には梅川操を詠んだ歌が刻まれております。菅原弌也第五世住職はこの歌が大好きだったと聞いております。

本行寺(北海道)

石川啄木インフォメーションで、QRコードを読み込むと啄木の76日間の釧路滞在
の様子がよりわかります。

本行寺(北海道)

山門を潜って階段参道と国登録有形文化財の本行寺本堂になります。

本行寺(北海道)

手水鉢になります。

本行寺(北海道)

平成20年8月、明治42年創立から釧路聖徳太子講組合百年を記念して「和を以て貴しとなす」の慈訓を碑文として建立した。

本行寺(北海道)

手水舎になります。

本行寺(北海道)

聖徳会館(旧経蔵・聖徳太子講)
昭和55年、聖徳会館と職能資料館完成。
古くから建設諸業の工匠、聖徳太子の遺徳を讃えて太子講につどい毎年八月には例大祭を行う。

本行寺(北海道)

聖徳会館正面。

本行寺(北海道)

聖徳会館入口にかかる扁額、聖徳太子堂。

本行寺(北海道)

本行寺合掌苑(書院・庫裡)になります。
昭和四年ご本堂落成の後、昭和五十年に庫裡改築を機に第五世菅原住職は「合掌苑」と名付けた。
この合掌苑は、門信徒ひとしく聴聞し、先祖から私へ私から子へ、孫へとお念仏をよろこび拝み合い、語り合う場でもあります。

本行寺(北海道)

本堂内、内陣を望みますが暗くて・・・
また、本堂内に啄木資料館があるのに拝観するのを忘れました。

本行寺(北海道)

外陣正面に「遍照十方」。
「遍照十方」とは、ー遍(あまね)く十方を照らすーと言う意味で、阿弥陀如来の教えを表現したことばです。
字体は西本願寺、大谷光照ご門主(第二十三世)が揮毫したもので、力強い筆運びの中に暖かさを感じる。

本行寺(北海道)

ご本尊阿弥陀如来さまになります。

本行寺(北海道)

ご本尊さま右手には、親鸞聖人さまがおられます。
見えにくいですが、本山や別院を除き親鸞聖人はご本尊さまの方に向いているが、本行寺では正面を向いているとのことです。
他寺の若院からのお話しでは、当寺は別院候補であったとか・・・?!

本行寺(北海道)

ご本尊さま左手には蓮如上人さまがおられます。

本行寺(北海道)

親鸞聖人御幼少像になります。

本行寺(北海道)

釧路で有名な、竹老園主からの奉納された、樹齢八百年以上の楠木の見事な彫物「龍飛鳳舞」。

本行寺(北海道)

国登録有形文化財に登録された、本行寺旧納骨堂。(境内左手奥にあります。)

本行寺(北海道)

聖徳会館並びには、職能資料館。

本行寺(北海道)

本行寺門信徒会報を頂きました。
非常に参考になりました。

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名称本行寺
読み方ほんぎょうじ
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印の郵送対応なし

電話番号0154-41-5329
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号真如山
宗旨・宗派浄土真宗本願寺派
創建時代1898年(明治31年)
開山・開基伊藤浄栄
ご由緒

本行寺は、明治18年(1885)頃より本願寺出張主任切上霊順が、一時俗家を借りて開教し、明治22年4月、現在地に教務所を創建し、明治31年5月、伊藤浄栄を開基として寺号を公称したことより始まる。同33年第一次本堂、庫裡建立、第2世曽田定が明治43年現聖徳太子堂を建立し、第3世菅原覚月が現本堂建立、第四世覚也が第二次庫裡、納骨堂を完成した。現住職は、昭和40(1965)年聖徳会館、同50年現庫裡を建立、同55年に現納骨堂を建立した。46年には門信徒会を結成し、教化態勢を備して現在に至る。また、明治41年(1908)1月21日から76日間、石川啄木が釧路新聞の記者として滞在中、本行寺内のかるた会に出席、そのゆかりで「歌留多寺」と呼ばれ、数々の名歌とエピソードが残っている。現住職は百人一首ならぬ「釧路啄木一人百首」を発案して木札のかるたを完成した。
【寺宝】石川啄木の歌碑・資料館・茶筅塚

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