じゅこうじ|浄土真宗本願寺派|青淵山
寿光寺北海道 十勝清水駅
午前9時から午後5時
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楽しみ方
清水町熊牛にある浄土真宗本願寺派のお寺。
このお寺は一万円札に描かれ大河ドラマ「青天を衝け」の主人公でもある近代日本経済の父渋沢栄一縁のお寺です。数多くの会社を興した渋沢栄一は十勝開墾合資会社の社長も務めていました。開拓の精神基盤には寺院が必要であるという渋沢の考えは歴代の農場長にも引き継がれ説教所が建てられたことがお寺の始まりです。
このお寺の1番の見どころは本堂に掲げられた山号の扁額で渋沢栄一の直筆です。渋沢の雅号である青淵から取られた山号で珍しい青い色の扁額です。まさに青天を衝け。本堂内には渋沢の写真なども飾られていて本当に日本各地の経済に携わった方なのだと改めて実感しました。
他にもお寺の正面の墓地にあるすごく大きな馬頭観世音も見どころです。開拓の重要な労力として馬が利用された道内各地には至る所に馬頭観音が祀られています。その中でもこれほど大きなものは見たことがありません。先人達に感謝をして手を合わせてきました。
本堂
本堂
渋沢栄一直筆の扁額
御本尊前
木彫りの龍
青淵山の由来
揮毫は十勝開墾合資会社の初代農場長町村金弥を父に持つ北海道知事町村金五氏
由来
境内
手水
南無馬頭観世音菩薩
由緒書
六字の生活
境内
襖絵
襖絵
渋沢栄一ゆかりの地清水町
A1像
消毒液
渋沢栄一の写真
先人達が切り開いた土地

今回の寺社巡りで一番訪ねたかったのが、こちらの寿光寺です。
新一万円札の顔となった渋沢栄一翁のゆかりのお寺であり、昨年は同じく渋沢栄一翁ゆかりの大勝神社に参詣しましたが、その時は寿光寺に回るだけの時間はありませんでした。
今回、ようやくお参りが叶いました。
渋沢栄一翁らが十勝開墾合資会社(後の十勝開墾株式会社)を設立し清水町の開拓が進められました。
その中で寿光寺が建設され、その山号には渋沢栄一翁の雅号である青淵をいただきました。
さらに本堂の新築時には、渋沢栄一翁より「青淵山」と書かれた扁額が贈られました。
その扁額を見たくて、寿光寺に参詣しました。
公式サイトを見ると、扁額の見学希望の場合は自由に本堂から入るよう書かれていました。
立派な本堂に進むと、まず礼拝、アミダ様へのご挨拶と書かれています。
それに従い、まず阿弥陀如来様にご挨拶をしました。
それからじっくりと扁額を眺めました。
説明によると、渋沢栄一翁のお名前と雅号がこうして入っている書は珍しいそうです。
大変ありがたいものを拝見し、寿光寺を辞しました。

浄土真宗本願寺派の寿光寺に今年1月から何度となく参拝しています。
NHKの大河ドラマで渋沢栄一翁を身近に感じ、関連のある牛舎、神社、お寺を回りました。
今回、藍色にライトアップされた寿光寺のポストカードが参拝記念に戴ける事がわかり伺いました。
また、8月23日と24日に開催される渋沢栄一歴史体験がある事がわかり、折角の機会なので23日日帰りで参加申し込みしました。
浄土真宗本願寺派寿光寺の本堂になります。
こちらの住職さんと町内の同じ宗派の住職さんと漫才コンビ「シミーズ」を組んで活動しています。
浄土真宗本願寺派 寿光寺の扁額
渋沢栄一翁直筆の扁額で、昭和2年7月
山号を青淵山としたため、ここでは珍しく渋沢栄一著と書かれています。
ご本尊阿弥陀如来さまになります。
ご本尊右手に、諡号 見真大師
尊称 親鸞聖人が祀られています。
ご本尊左手に、諡号 慧燈大師
尊称 蓮如上人が祀られいます。
宗祖親鸞聖人が選定した、浄土真宗の七高僧が蓮如上人の左手にあります。
龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)
天親菩薩(てんじんぼさつ)
曇鸞大師(どんらんだいし)
道綽禅師(どうしゃくぜんじ)
善導大師(ぜんどうだいし)
源信僧都(げんしんそうず)
法然上人(ほうねんしょうにん)
親鸞聖人の右手には、聖徳太子さまが祀られいます。
本堂内ご本尊手前の右手の鮮やかな屏風絵です。
ご本尊手前の左手にある鮮やかな屏風絵です。
十勝開墾株式会社3代目農場長で、3名の総代の1人吉田嘉市氏と奥様の碑が本堂の
左手にあります。
ビート等の輸送として32年間運行していた、河西鉄道の模型の案内版。
清水町の畑島一男さんの寄贈を境内の小屋にあります。
河西鉄道の模型です。
8月23日と24日に開催される渋沢栄一歴史体験の案内です。
新一万円札発行7月3日の記念に藍色にライトアップされた様子のポストカード。
志納料1000円以上で3枚セットで戴ける、参拝記念。
右斜めからの、渋沢栄一翁建立の寿光寺のポストカード。
左手からの寿光寺のポストカード。
寿光寺の開教は、1915年(大正4年)、十勝開墾合資会社(後の十勝開墾株式会社)が熊牛農場内に集会所兼説教所を建て、大分県より石原信亮師が五女たかねを伴い来村し、布教に従事したことから始まります。
1918年(大正7年)、石原信亮師が退任し、富山県下新川郡吉原の浄土真宗本願寺派光明寺より増山白渚師が着任。十勝開墾株式会社3代目農場長 吉田嘉市並びに、宮坂義左松、氷見治三郎の3名が総代となり、浄土真宗本願寺派として開基しました。
1926年(大正15年)、寺院建設の機運が高まり、寺号を「寿光寺」と公称し、その後、渋沢栄一の雅号「青淵」をお寺の山号に戴きました。十勝開墾株式会社より敷地(1.5ヘクタール)及び建築資金と主要材料が寄附されたほか、渋沢栄一ほかの寄附を得て、4代目農場長 中村新作が建設委員長となり、「農場の仏壇はお寺である」の信条をもとに、寺院の建設工事が始まりました。社有林で賄える用材は信徒の労役によって伐採、運搬を成し遂げました。造営は優雅な建造で当時周辺にも名が知られました。
1927年(昭和2年)、本堂新築時に渋沢栄一より「青淵山」と書かれた扁額が贈られました。
1929年(昭和4年)、寺院の落成には河西鉄道が臨時列車を出し、入仏式、慶讃法要が盛大に行われました。開墾会社の寺院に対する理念が、郷愛と先祖を敬うことにあっただけに、信徒以外からも多くの協力が得られました。
1956年(昭和31年)、増山白渚師は66歳で往生され、第二世として増山晃乗師が継職しました。
寺院には、渋沢栄一から贈られた扁額が掲げられているほか、敷地には吉田嘉市の墓碑が建立されています。
| 名称 | 寿光寺 |
|---|---|
| 読み方 | じゅこうじ |
| 参拝時間 | 午前9時から午後5時 |
| 参拝料 | 無し |
| 電話番号 | 0156-62-5745 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご本尊 | 阿弥陀如来 |
|---|---|
| 山号 | 青淵山 |
| 宗旨・宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
| 創建時代 | 1915年(大正4年) |
| 開山・開基 | 十勝開墾合資会社・石原信亮 |
| ご由緒 | 寿光寺の開教は、1915年(大正4年)、十勝開墾合資会社(後の十勝開墾株式会社)が熊牛農場内に集会所兼説教所を建て、大分県より石原信亮師が五女たかねを伴い来村し、布教に従事したことから始まります。
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