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真言宗醍醐派

西国寺
広島県 尾道駅

御朱印について
御朱印
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to_sun
2023年12月30日(土)
157投稿

【摩尼山(まにさん)総持院(そうじいん)西國寺(さいこくじ)】
本尊:薬師瑠璃光如来
宗派:真言宗醍醐派
開基:行基
 西國寺は、寺伝によれば、奈良時代の天平年間(729-749)行脚中の行基が尾道に立ち寄った際、加茂明神の霊夢を見て、その御告げによってこの地に開山したのがはじまりとされる。平安時代初期1066(治暦(じりゃく)2)年に本堂炎上、行基作の本尊薬師如来も焼滅したが、1081(永保元)年、平安朝白河天皇の勅命により再建、今に至る。 伽藍の規模は正に西国一という意味を込め、西國寺と名付けられた。
 
 尾道七佛めぐり(5/7)で参拝。ご利益:健脚祈願。お守りブレス念珠:紫水晶(アメジスト)を拝受。ヒーリング効果が非常に強く、安らぎのエネルギーを与えてくれる石。

西国寺(広島県)

【持佛堂越しに見る三重塔】
 千光寺もそうだけど、サクラの季節に訪れたい。

西国寺(広島県)

【寺号標】

西国寺(広島県)

【仁王門】
 室町時代末期の桜門形式の仁王門。扁額「摩尼山」は小松宮彰仁親王(こまつのみやあきひとしんのう)の筆跡。県の重要文化財。

西国寺(広島県)

【仁王門のわらじ】
 仁王さんのたくましい足にあやかり、願掛けわらじと、願い事を書いた白布を
仁王門に掛けて見守っていただきます。

西国寺(広島県)

【仁王 阿形像】

西国寺(広島県)

【仁王 吽形像】

西国寺(広島県)

【手水舎】

西国寺(広島県)

【手水舎】

西国寺(広島県)

【十王堂】

西国寺(広島県)

【参道】
 朱色の灯籠が並ぶ長い石段を上ると正面が金堂。

西国寺(広島県)

【参道】
 ふりかえれば眼下に尾道の町並みを一望。

西国寺(広島県)

【金堂】
 1386(至徳3)年の建造で国の重要文化財。

西国寺(広島県)

【石灯籠】

西国寺(広島県)

【鐘楼】

西国寺(広島県)

【英霊殿】

西国寺(広島県)

【子授け地蔵】

西国寺(広島県)

【空環宝珠】

西国寺(広島県)

【空環宝珠】
 対岸(向島)の岩屋山を見る。尾道三山にある三古刹(西國寺、浄土寺、千光寺)は、対岸の岩屋山に向けて創建されたという。

西国寺(広島県)

【唐門】
 この唐門は法要門。お参りは、右の石段を利用。

西国寺(広島県)

【力石】

西国寺(広島県)

【唱随松】
 両横に広がるクロマツ、中央に伸びるゴヨウマツ、異なる種が一緒になったマツ。幼い時に訪れた際、お寺の方が種が違えど枯れずに生長するこのマツの前で、人にたとえて「性格違えど同じ人間同士ならうまくいく」といったようなことを仰ってたような。半世紀が経ちこうして再会できたことに感慨深いものがあります。

西国寺(広島県)

【手水舎】

西国寺(広島県)

【手水舎】

西国寺(広島県)

【慶雲ノ松】

西国寺(広島県)

【大師堂】

西国寺(広島県)

【大師堂内陣】

西国寺(広島県)

【金堂と大師堂を連絡する階段】

西国寺(広島県)

【青銅大不動明王】

西国寺(広島県)

【持佛堂】

西国寺(広島県)

【不動堂】

西国寺(広島県)

【不動堂内陣】

西国寺(広島県)

【毘沙門堂】

西国寺(広島県)

【石段】
 石仏の並ぶ石段を上って三重塔へ。

西国寺(広島県)

【三重塔】
 1429(永享(えいきょう)元)年、室町幕府6代将軍足利義教(よしのり)らの寄進により建立された純和様の復古建築。国の重要文化財。

西国寺(広島県)

【三重塔】

西国寺の御朱印

【御朱印】

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西国寺の基本情報

住所広島県尾道市西久保町29-27
行き方
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名称西国寺
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0848-37-0321
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

宗旨・宗派真言宗醍醐派

Wikipediaからの引用

概要
西國寺(さいこくじ)は広島県尾道市にある寺院。真言宗醍醐派大本山である。山号は摩尼山、院号は総持院。本尊は薬師瑠璃光如来坐像(国の重要文化財)で秘仏である。中国三十三観音霊場特別霊場、中国四十九薬師霊場第十六番札所、山陽花の寺二十四か寺第十九番札所、備後三十三観音霊場第六番札所である。
歴史
歴史[編集] 寺伝によれば奈良時代の天平年間(729年 - 749年)行基が巡国中にこの地で加茂明神の霊夢を見たことにより建立されたという。『西國寺由来記』によれば、平安時代初期の治暦2年(1066年)火災により堂宇の大半を焼失したが、白河天皇の勅命により、当時の住職・慶鑁によって復興された。永保元年(1081年)には愛宕山の山麓から中腹にかけて巨大な伽藍が完成した。永保2年(1082年)白河天皇の祈願所となった。さらに天仁元年(1108年)には法皇となった白河上皇により勅願寺となり、官寺として100を超える末寺を持った。山陽道随一の伽藍を誇り、正和元年(1312年)花園天皇の綸旨を受け...Wikipediaで続きを読む
アクセス
アクセス[編集] .mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{...Wikipediaで続きを読む
引用元情報西國寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%A5%BF%E5%9C%8B%E5%AF%BA&oldid=98861996

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